『LOST MEMORY』









「・・・・・・・んっ・・・・・・・・・・」


微かに吐息を洩らして、跡部は目を覚ました。

途端に、白い天井が視界に入った。


「・・・・・?・・・・・・・どこだ、ここは・・・・・」


跡部は眉をひそめて上体を起こした。


「・・・・・・・・痛ぅ・・・・・」


ズキズキと痛む頭を押さえ、辺りを見渡してみる。

真っ白な壁に真っ白なカーテン、清潔感のある病室。

ほのかに匂うのは薬品独特のにおい。

跡部は起きたばかりの頭で懸命に考えて


「・・・・なんでオレ様が病院にいんだよ・・・・・・・」


舌打ちしながら納得いかないこの現状に愚痴をこぼした。

その時、病室のドアが開いた。


「あ。跡部!!やっと目を覚ましたっ!!」


嬉しそうに向日が跡部のいるベッドの傍に駆け寄った。


「おい、岳人。なんでオレ様はこんなトコロに・・・・・・」


「よかったー♪ちょうど3時のおやつ時間だったんだぜ♪」


「・・・・おい」


「忍足も鳳も監督に呼ばれてて今いねーし。オレってラッキー♪」


「・・・・・・おい」


「あ。今日はね“岳人特製みそ田楽”がおやつなんだけど」


「おい」


跡部様、ちょっとブチ切れ。


「・・・・・何?もしかしてみそ田楽キライ??」


向日はランチボックスを広げながら跡部を見つめた。

そもそもみそ田楽はおやつの分類なのか。


「3時のおやつって何だ?何訳分かんねーコト言ってやがる?」


「何って・・・・・オレ、おやつ係じゃん?」


「何だ、そのふざけた答えは」


跡部様、かなりご立腹。

跡部の様子を暫く見つめた後、向日は驚きの声で


「まさか跡部・・・・・元に戻ったのか!?」



「は?」



「わー!!マジで!?あーでも。

 くそくそ、もうちょっと戻らないまんまで一緒に過ごしたかったのに・・・・」


「おい、ちょっと待て。元に戻ったって何だ??さっきから訳分かんねーぞ。あぁ?」


向日は突然立ち上がり、


「ちょっと待ってろよ、跡部!!今、樺地連れて来てやるからっ!!」


慌てて病室から飛び出して行った。



そして2分後。

ドタバタと響く足音と共に、向日が樺地を連れて戻ってきた。


「跡部!!樺地連れて来たぜっ!!」


「・・・・分かったから大声出すな。頭に響くんだよ、声が・・・・・・」


跡部は深くため息をついて


「・・・・で?なんでオレ様は病院なんかにいるんだ?」


「ええと、また鳳の一球入魂が跡部の脳天に直撃したんだよ」


「へぇ・・・・ってまた?またって何だ?


過敏に反応する跡部様。


「とにかく、それで跡部は病院に連れて来られたんだよ」


敢えて「また」というフレーズに触れずに返事をする向日。


「鳳のヤツ・・・・・あんなにコントロールには気をつけろって言ってやってたのに・・・・・」


跡部は舌打ちしながらぶつぶつと呟いた。

そんなコトより己の脳細胞の方を気にして下さい、部長。

向日は樺地と顔を見合わせて、少し控えめに


「跡部・・・・その・・・・驚かないで聞いてくれる?」


「あぁ?」


「・・・・実はさ、跡部、この2週間記憶喪失だったんだ」





・・・・・・・・・間。





「・・・・何だ、その冗談は。笑えねーぞ」


「・・・・やっぱ、記憶喪失中の時の事って覚えてねーんだなー・・・・」


ふむふむと、向日は跡部を物珍しそうに眺めた。


「でも冗談なんかじゃないんだよなー。本気で言ってるんだって」


「・・・・そんなコト信じられるか。嘘付いてんじゃねーよ」


聞く耳持たずの跡部の姿に、向日は「やれやれ」とため息をついた。


「そう言うと思ったよ。樺地、例のヤツ出せ」


「・・・・・ウス」


向日の指示で、樺地は徐にカバンから一冊の真っピンクのノートを取り出した。

目に優しくない位に真っピンクです。

どぎついです。目がチカチカします。

そしてそんな目に痛いノートを跡部へと渡す。

跡部は向日に不審な目を向けた。


「・・・・何だ、コレは?」


跡部様、明らかにご機嫌斜めです。


「記憶喪失中に跡部が書いてた日記だよ」


「は?」


「だから、日記」


跡部はまじまじと表紙を見つめた。

そこには確かに「跡部景吾」と自分の字で書かれていた。

趣味の悪い日記の持ち主が自分であることに

ちょっとショックを受ける跡部様。

誰かが用意した悪い冗談などではないと気付き

跡部は不安の色を浮かべて向日を見つめた。


「さっきの話・・・・・・本当・・・・なのか・・・・・?」


不安そうな跡部の表情に一瞬萌えた向日。

少しニヤけて「こくり」と頷いた。

傍から見たら、ちょっと変態チックです。


「樺地・・・・本当か・・・・・?」


「・・・・・・・・・・ウス」


跡部に従順な樺地が静かに頷いた。


「その中に、跡部の記憶喪失中の日々の様子が書かれてる筈だから。見てみそ?」


そう向日に勧められ、跡部は喉を「ごくり」と鳴らし、

おずおずと目に痛い真っピンクの日記を開いた。






○月○日(火曜日) 晴れ

今日からガックンの勧めで日記を書くことにした。

とりあえず何から書こうか・・・・・そうだな、授業風景から書こうと思う。

オレの席は教卓のまん前だ。榊っちが「そうしろ」って言ったから。

オレの席の右隣はユーシ、左隣はジロー、後ろは二年のチョタ。






「・・・・・パタン」


跡部は無言で日記を閉じた。

跡部様、既に耐えられる数値の限界が見えたようです。


「何だ、この内容は。凄くキモいコトになってるぞ」


「うん、そうかもね」


「なんでオレ様が忍足を名前で呼んでるんだ!?」


まずはそこからツッコミを入れなさいましたか、お坊ちゃま。


「てゆーか、何だ、この授業風景は!?

 いろいろ間違ってるぞ!!いろいろ!!!」


跡部様、ツッコミ所の多さで既にテン張ってきております。

向日は跡部の肩を「ぽんっ」と叩いた。


「跡部、落ち着いて。そこに書かれてるコトは事実だから」


「え、ちょ・・・・事実!?(ガビーン)」


知りたくもない事実を知ってしまいました、お母様
(BY跡部)


「跡部は知らないといけないんだ。たとえどんな惨劇が待ち受けていようと」


・・・・向日さん、何だか凄いコト言ってませんか?


跡部は恐怖に顔を引き攣らせた。


「2週間の間に、オレの身に一体何が起こったんだ!?」


「・・・・辛いだろうケド、オレの口からより日記を読めば理解できるよ、跡部」


跡部は「ぐっ」と唇を噛んだ。

いろんな意味の不安と恐怖で乱れる心拍数を落ち着かせようと、

深く深呼吸した。


「・・・・・・分かった」


頑張れ、跡部。

そして、跡部はいろんな意味で魔の日記を再び開いた。






○月○日(火曜日) 晴れ

今日からガックンの勧めで日記を書くことにした。

とりあえず何から書こうか・・・・・そうだな、授業風景から書こうと思う。

オレの席は教卓のまん前だ。榊っちが「そうしろ」って言ったから。

オレの席の右隣はユーシ、左隣はジロー、後ろは二年のチョタ。

チョタは三年の授業内容についていけるのか?

しかし先生方も黙認していたので、オレも深くまでは言及できない。


それにしても、ユーシとジローに挟まれて授業どころじゃなかった。

昼も凄いことになった。皆で一緒に食べればいいのに・・・・

でもユーシはオレの旦那様だし、ジローは恋人なんだから

オレは両方とも大事にしないといけないんだ・・・・・・と思う。

だから、一日交代でお昼を食べることにした。これなら喧嘩も無いし。

・・・・・・・・と思ったのが甘かった。

結局喧嘩になって、しっかり昼ご飯が食べられなかった。

本当に今までこんな風に授業を受けていたのか?凄く違和感を感じる。


3時になったらガックンが授業中なのに、やって来た。

おやつタイムらしい。おやつ係がそう言うならそうなんだろう。

みそ田楽という食べ物をもらった。結構美味しかったな、アレ。

しかし、授業中にオレだけおやつタイムでいいのか?

やはり違和感を感じる。


オレはテニス部のマネージャーらしい。榊っちが言ってた。

だから皆の練習を応援していたが、オレもテニスがしたくて堪らない。

しかしマネージャーたるもの、部員の邪魔は厳禁だからな。我慢だ。

水道でタオルを洗っていたらチョタが忍び足で来た。

「いつもの逢い引き」だそうだ。

まぁ、チョタはオレの浮気相手らしいから、

その位は当然なのかもしれない。うん。

まったり二人っきりでいたが、直ぐにユーシ達が来て引き剥がされた。

チョタは「また明日ねv」ってウィンクをした。明日も逢い引きらしい。


帰りも何だか争奪戦だった。こんな言い争い、いつもしてたのか??

宍戸様が「下僕は毎日オレ様の登下校をご一緒するもんだろぉ?」

と仰ったので、オレは何も言わずに従った。

宍戸様はオレのご主人様だそうだから、一番偉いんじゃなかろうか。

皆には申し訳ないけど、宍戸様のご命令は絶対だ。

明日は6時半に宍戸様のご自宅前で待機だ。・・・・・頑張ろう、オレ。




○月×日(水曜日) 晴れ

今日も昨日と変わらず朝は宍戸様の荷物を持たせて頂いて登校。

授業は全然集中できない。ジローもユーシも抱きついてくるし。

そう言えば。職員室で先生を脅しているチョタを見た。

何してたんだ?理由を聞きたいけど・・・・・・・こ、恐くて聞けない。


今日もおやつ係のガックンが3時に教室にやってきた。

今日は白みそ田楽だそうだ。・・・・・うん、これも甘めで美味しいな。


部活時間は昨日の約束通りチョタと逢い引きをした。

でも、昨日よりはちょっと・・・・・・・か、関係が進展した。

途中でジロー達に助けられたな。

・・・・何かちょっとドキドキしちゃった。ユーシ、こんな妻でごめん。


帰りはやっぱり宍戸様の荷物を持ってご一緒させて頂いた。

途中でアイスとラーメンを奢らせて頂いた。不思議な組み合わせだな。

宍戸様はなかなかご機嫌だったようだ。良かった。良かった。




○月△日(木曜日) 曇り

・・・・・・はぁ、またか。だんだん疲れてきた。

本当にオレはユーシの妻で、ジローと恋人、チョタが浮気相手なのか?

三人とそれぞれ毎日まったりできてたのか?凄いな、オレは。

体力がもたない・・・・はぁ。しかも、帰りは宍戸様の荷物持ちだしな。

今日の3時のおやつもみそ田楽だった。

・・・・オレ、みそ田楽が好きだったのか?だんだん飽きてきたな・・・・・




○月☆☆日(月曜日) 雨

ガックンに言われたので仕方なく日記を書いている。

本当はもう書きたくない。朝から晩まで・・・・キツい。疲れる。

書くこともほぼ毎日同じことの繰り返しだ。おやつは常にみそ田楽だし。

みそを変えているらしいが、もうこの際全部一緒にしか思えない。

宍戸様のワガママも段々手に負えなくなってきた。

でも逆らえない。オレは下僕だから・・・・はぁ、もう毎日が辛い。




○月□□日(金曜日) 晴れのち曇り

誰もオレのコトを知らない世界に行きたい―――・・・・・・・・・・・・









「・・・・・・・・パタン」


跡部は静かに日記を閉じた。


「ぶっ殺ス」


声にドスが入ってますよ、お坊ちゃま。

お顔が大変ブラックになっておりますよ。




さてさて、これから跡部様の反撃が開始されるもようです。

皆様、無事に明日を迎えられるのでしょうか?













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