今まで会ったどの人間よりも危険人物だ



オレよりも早く そう判断したのが



幼馴染のアイツ等だとは思ってもみなかった













『習慣』









使い慣れたテニスラケットを手に持ち、ゆっくりとコートに立つ。

黄色いボールを軽やかに地面へとついてみる。

今日の自分のコンディションはなかなかいいようだ。

そう思って、オレは顔を上げる。


さてと。

今日のゲームの相手は・・・・・あぁ、しまった。


先程、鳳にゲームの相手をしてやると言った約束を思い出す。


鳳は今あのアホの宍戸と外周を走らせてるんだ。

これじゃあ鳳が外周走り終わるまで待ってなきゃなんねーじゃねーか。


「ったく。鳳だけ10周にまけといてやればよかったな・・・・」


あぁ、でもそうしたら宍戸のヤツが贔屓だ何だと文句言うだろうな・・・・。

だいたい、オレ様の何処が贔屓をしてると言うんだ。

全くもって失礼極まりない言いがかりだ。

誰に対しても公平かつ理路整然としたこのテニス部部長・跡部景吾を捕まえておいて。

・・・・・宍戸は後でシメてやろう。そうしよう。



宍戸への怒りはまだまだおさまらなかったが、オレの過去まで持ち出しやがったしな、

こうゆう時は部活でリフレッシュするにかぎる。

しかし、オレ様のゲームの相手である鳳は外周回りなわけで。

「ふぅっ」と一つため息が漏れる。


「・・・・・・・・・仕方ない。待っていてやるか」


何気にこのオレ様は約束はきちんと守るA型だからな。

我ながら、己のこの優しくて几帳面な性格には感心する。

このオレ様が部長を務めてやっているんだ。光栄に思え、テニス部員よ。




なんて自画自賛していると、忍足がひょっこりとオレに近付いてきた。


「跡部。コート空いてんで?ゲームせぇへんの?」


鬱陶しそうな黒髪が風になびく。眼鏡が知的な印象を与えるこの男。

忍足が氷帝学園に編入してきたのは中学からだ。

テニス部に挨拶に現れた時からだいぶ経つから、この変な関西弁にもだいぶ慣れてきた。

これでこのオレよりも身長があるのが何とも癪に障る。


「あーん?鳳が帰ってくるまで待ってやってるんだよ、オレ様は」


「鳳・・・・?なんで鳳待たなあかんの?」


忍足が訝しげにオレを見る。


「鳳とゲームする約束をしちまったんだよ」


「流石は部長。部員思いの律儀な性格してるんやねぇ」


忍足が茶化すように言った言葉に、オレは自然と眉をひそめる。


「いやいやほんまやで。嫌味とかちゃうで、ほんまに感心したんやって」


弁解すればするだけ怪しさが増す。

忍足の低いテノールの声は、やたらと耳につくんだ。

愛想笑いを浮かべながら、忍足がラケットをくるくる回す。


「律儀なんもえぇけどなー、そんなん跡部は暇やんか」


・・・・・まぁ、確かに。


「せやからさー、鳳が走り終わるまでオレと軽くゲームせぇへん?」


忍足からの申し出にオレはますます眉をひそめた。


「そしたらオレも跡部も暇ちゃうやん?鳳戻ってきよったら止めたらええんやし」


忍足の提案にオレは「ふむ」と考え込む。

鳳が戻るまでの間の軽いゲームなら別に問題ないか。

オレも暇なんだし・・・・・忍足も暇そうだし・・・・・・


「さっき宍戸が調子に乗ったときも忍足に助けられたしな」


・・・・・・・・不本意だかな。

忍足には貸しがあるわけだし。ゲームの相手くらいしてもいいか。


「まだそれ気にしてるん?ほんま跡部は律儀やねー」


忍足がクスクス笑った。


そうなのだ。

宍戸がオレをからかう度に、毎回何故か忍足が助け舟を出してくる。

忍足からの「STOP」に、宍戸は毎回不完全燃焼のような顔をする。

オレとしてはかなり助けられていたりする。

・・・・・とは言っても、かなり不本意なのだけれど。

誰かが仲介に入らなければ、宍戸と本格的に喧嘩しかねない。

その仲介役を、何故だろうか、いつからか忍足が果たしていた。




「で、どうなん?相手してくれるん?」


忍足の顔が急に近付いてきて、オレは「ハッ」として後ずさった。

オレの行動に、忍足が不思議そうに顔を覗きこんでくる。


「どないしたん?」


忍足の黒い瞳がオレを真っ直ぐに見つめてくる。

オレは忍足の肩をぐっと押して後退させようとした。


「お、忍足!!お前、近過ぎんだよっ!!」


いくらなんでもこの距離は近過ぎだろ−が。

先程まで充分な間合いがあった筈なのに、オレが考え事をしている間に忍足が寄ってきたようだ。

無言で考え事に集中していたオレも悪いが、これはこれで居心地が大変によろしくない。

人というのは本来、その人個人のテリトリーというものがある。

己のテリトリーを侵害されれば、嫌な気分にもなるわけだ。

忍足は、まさにオレのそのテリトリーに思いっきり侵入してきていた。

お互いの距離を説明すれば。

手を伸ばして抱き寄せることができそうな距離。と言えばいいのだろうか。

ちょっと顔を近付けてしまえば唇同士が触れてしまえそうな距離。と言えばいいのだろうか。

とにもかくにも。この距離感は嫌だ。近過ぎる。


「とりあえずもうちょっと離れろ、忍足」


先程後退させようと押した手は未だ忍足の肩のところに添えている。

しかし力が足りなかったのだろうか、忍足は後退することはなかった。

必死に距離を保とうとするオレを、忍足が目をパチクリさせながら見つめている。


「離れろって・・・・おい、聞いてんのか、忍足!」


「キッ」と忍足を睨み上げると、忍足は「ニヤリ」と薄く笑みを浮かべた。



「ははーん・・・・・跡部、オレのこと意識してるんか?」



「はぁ??」


意識してる??何訳分かんねーこと言ってやがるんだ、コイツは。


「距離が近過ぎて嫌なんだよっ。早く離れろっ!」


「えー?いつもこのくらいで話してるやーん♪」


忍足がニヤニヤ笑って言ってきた。

・・・・・・うぅ、嫌な顔しやがるな、コイツは。




しかし、確かに忍足の言うこともあながち間違いとも言えない。

忍足はオレと話をするとき、気付いたらかなりの至近距離だったりする。

オレはそれが嫌で「離れろ」だの「近過ぎる」とよく抗議してやるのだが、

忍足は全く聞く耳を持たない。寧ろオレが嫌がっているのを嬉々として楽しんでいる。

つまり。忍足はオレのテリトリーをよく侵害する嫌なヤローだというこだ。


「オレが嫌がるの知ってて毎回近付くなっ!キモイんだよ!!」


「せやから、毎回言うてるやん?これはスキンシップやねんって♪」


何がスキンシップだ!何が!!気色悪いんだよっ!!


「離れろっ」


「嫌や言うたらどないするん?」


「・・・・・ぶん殴る」


「暴力反対やで、跡部。部長は部員を大切にせんとあかーん」


「五月蝿ぇ!離れろっ!!」


忍足との「離れろ」「離れない」の攻防が始まって間もなく、

それはいつもの如く終了を迎えた。




「あとべー!!オレもかまってー!!」


「うわっ!!」


背後から突然飛びついてきたのは、勿論ジローだった。

勢い余ってオレはよろりと傾く。

おかげで忍足と距離ができた。

・・・・・・ほっ。助かった。


「侑士!!何やってんだよー!!練習するんだろー?」


そう声をかけてきたのは岳人だった。

どうやら忍足はダブルスの相手である岳人と練習する予定だったらしい。

・・・・・・なら、最初っからオレで遊んでる暇なんてねーだろーがっ!!

忍足に罵声を浴びせようとしたが、ジローの抱きつきが苦しくてそれどころじゃなかった。


「跡部をからかってないで練習するぞ、侑士」


「からかってたんちゃうって。スキンシップやって」


岳人が深々とため息をつく。


「もーどっちだっていいよ。早く練習!!」


忍足は「りょーかい」と軽く返事をして

オレの方をチラリと見てから岳人と共に別コートへ行ってしまった。




一難去ってまた一難。

折角忍足の相手をしなくてよくなったが、今度はジローか・・・・・

オレは「ぎゅーっ」としがみ付いて離れないジローへと顔を向ける。


「ジロー、お前のおかげで助かったんだけどな。・・・・・離れてくれ」


「えー。やだー」


案の定、ジローはなかなか言うことを聞いてくれない。

いやしかし、忍足の相手をするよりはまだ可愛気がある。

と思うのは、オレとジローが幼馴染という関係だからだろうか。

・・・・・いや、それを言ったら宍戸もそうだが。


「これじゃあテニスできねーだろーがっ」


そう言ったら、ひしっと抱きついていたジローがしぶしぶ離れた。


「・・・・・ったく。忍足もお前も、なんでこーオレを困らせやがんだか」


真面目に部活をやれってんだよ、ホントに。もう。

グチグチ言うのはオレの性格じゃないが、

こう毎日のように同じ行動を繰り返されると、流石のオレも愚痴がこぼれる。


そんなオレのグロッキーな気分を余所に、ジローが珍しく真面目な顔でオレを呼んだ。


「あとべー」


「あぁ?」




「忍足のこと、許しちゃ駄目だよ」




「は?」




許す?




「何だそれ、どーゆー・・・・・」



オレが言い終わらない内に、ジローはいつもの笑顔で「にっこり」しながら

「やっぱ何でもない」とだけ言って、元来た方向へタッタカターと走っていった。




な、なんだよ・・・・・・

何でもないって・・・・何でもないのか、本当に













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