『習慣』









外周五週目。

よくここまで真面目に走ってるな、オレ。

別にアイツが走っているオレを監視しているわけでもないんだから

あんな私情を挟んだ身勝手な発言を真に受ける必要なんてないわけだが。

あーあ。オレってつくづく真面目ちゃんだよなー。

自身に感心しながらそれでも走り続けるオレ。


「宍戸さんて、部長と幼馴染なんですよね」


ふいに隣を走っていた鳳がオレに話し掛けてきた。


「んー?まぁなー」


何を言い出すのかと思いきや、確かめるように言われてオレは返事を返す。

うーん。五週目くらいじゃまだまだへこたれねーか。

鳳もレギュラーだしな。

・・・・・・まぁ、オレのペースに合わせて走ることもないと思うけど。


「やっぱり、小さい頃の部長って可愛かったんですか?」


息一つ乱さずに、鳳のヤツは突拍子も無いことを聞いてきた。

変なこと聞いてくるな、鳳のヤツ・・・・


「・・・・まぁ、そりゃ・・・・・今に比べりゃな」


そう。今に比べれば何百倍も何万倍も可愛いというか甘えん坊というか。

いや、まぁ別に今が可愛くないって言ってるわけじゃ・・・・・

・・・・・・って。

何考えてんだよ、オレ。

跡部が可愛いなんて有り得ねーだろ。

鳳の「可愛い」発言についついオレも載せられちまったぜ。激ダサ。


「羨ましいなー、宍戸さん」


「な、何が?」


オレよりも長身のコイツはオレを見下ろすような形で顔を向けてくる。


「だって、部長のいろんな面を知ってるから」


「え、あ、まぁ、そりゃ・・・・・・」


腐っても幼馴染だからな。

・・・・・でも、なんで羨ましいんだ??

走るペースは衰えない。

氷帝学園の正門を過ぎた。

これで外周六週目。


「オレ、実は部長に憧れてテニス部に入部したんですよー」


そう言って鳳はちょっと恥ずかしそうな照れ笑いを浮かべた。


「へぇ、そりゃ奇特な・・・・」


「ははは」と掠れた笑いが漏れてしまった。

「跡部に憧れて」なんて、なんて珍しい・・・・

と、言いたいところだが。

ぶっちゃけそんなテニス部員なんてざらにいるんじゃないだろうか。

跡部のテニスプレーはオレ達なんかからずば抜けているんだし。

鳳がそんな跡部の神業的なプレーを見て憧れる気持ちも・・・・・・まぁ、分からなくもねぇ。

実際、オレだって跡部のプレーに関しては素直に凄いと思える。

・・・・・でも、あの性格は別の意味で凄ぇと思っちゃいるが。


「うーん、宍戸さん。何かちょっと勘違いしてますね?」


「勘違い??」


何だ?何を勘違いしてるって??

首を少し傾げて鳳を見た。


「確かに部長のプレーにも憧れはありますけど、そうじゃなくてですねぇ・・・・」


鳳が「ふふ」と笑う。

な、何だ?



「部長自体に憧れてるんですよ、オレ」



鳳はにっこり笑ってさらっとそう言った。


「へぇ・・・・・・・・」


って、ちょっと待った。

感心してる場合じゃないんじゃないか、今の発言。

さらっと言いやがったけど、あれか?あの外国人風な顔になりたいとか?

あんな風に何でもオールマイティーにこなせる人間になりてぇってことか?

そういうことか?

な、何だろう・・・・・・嫌な汗が出てきた。


「宍戸さんには言いますけど・・・・オレ、たぶん一目惚れしちゃったんだと思うんですよ」


「一目惚れねぇ・・・・・って一目惚れ!?」


オレは「ぎょっ」とした。

な、何言ってるんだ、コイツ!!

一目惚れって・・・・・跡部に一目惚れか!?

いやいやいやいやいやいやいやいや待てっ!!

鳳は忍足とは違う。あんな変態じゃない。

たぶん純粋な気持ちであれだ。うん。跡部のプレーに惚れたとかそういう意味の・・・・・


「部長って好きな子とかいるんですか?」


「な、何だ、その質問はっ!!」


なんでそんなこと聞いてくんだよ、オレに!!

跡部に好きなヤツがいるかどうか聞いてどーすんだよっ!?

終始パニくるオレを余所に、鳳のおかしい発言は続く。


「でも、今のところいなそうですよねぇ。テニス一筋って感じだし」


いや、まぁ確かにアイツはテニス一筋野郎だな。



「部長って、誰かと付き合ったことあるんですかね?」



「は?」


「いや、だから誰かと経験あるのかなーって」


・・・・・・・・・け、経験!?

経験て・・・・・あ、誰か付き合った相手がいるかってことだよな?

お、落ち着け、オレ。落ち着くんだ。

鳳の発言をおかしな意味で捉えちゃ駄目だ。

コイツは純粋にただ聞いてるだけなんだ。きっとそうだ。そうに違いない。


「で、実際どうなんでしょう?」


くるりと鳳の顔がこちらを向いた。


「宍戸さん、部長と幼馴染でしょう?」とか言いながら。

そう言われて、はたと落ち着いて考え直してみた。


「・・・・・・いや、誰とも付き合ったことはねーんじゃねーのか?」


「・・・・・・なんで疑問系なんですか」


「だって・・・・・・・・」


オレは口を噤んだ。

だって、そんなこと考えたこともねぇ。

跡部が誰かと付き合うだなんて。いや、付き合ってたなんて。

だいたい、アイツとはずっとちっせー頃からの仲だけど。

幼稚園の頃はただの泣き虫甘えん坊な子供だったわけだし。

オレやジローの後をちょこちょこくっついてきてたし。

小学校に上がったら、いつのまにやらテニスを始めてて。

んでもって、オレ達もって感じで一緒になってやり始めて。

でも、別に誰かトクベツな相手なんていなかったような・・・・・

中学になったらなったで、いつのまにか捻くれていたあの性格でテニス部に入部。

後はストイックにテニスだけをやって部長に登りつめて・・・・・

で、今に至る。

・・・・・んじゃないのか?

オレの知らない跡部がいるのか?

胸が変にモヤモヤし始めてきた。

跡部のことは小さい頃から見てたし、何でも分かってると思ってたけど。

も、もしかしたらアイツ、誰かと付き合ってたりしてたのか・・・・・?


「・・・・宍戸さん、どうしたんですか?凄い不安そうな顔ですね」


「・・・・・・・・・・」


オレは無言で鳳をギロリと睨みつけてやった。

不安そうな顔って・・・・お前が変なこと言うからだろっ!!

跡部に誰か相手がいたのかなんて・・・・・

そんなオレの考えたこともないような質問をしてくるから・・・・・・


「・・・・・でも、何となくですけどー・・・・」


隣を走る鳳がポツリと言った。



「部長、真っ白ですよね、きっと」



ま、真っ白?

真っ白ってのは・・・・・その・・・・なんだ・・・・・あ、あれか?

鳳の発言にちょっとだけ顔が熱くなる。

いくら馬鹿のオレだって。中学三年生の健全な男の子なわけで。

鳳の意味する「真っ白な」ってのが

そのまんま「白い肌」とかの意味じゃねーってことくらい検討がつく。

未経験者ってこと・・・・・だよな・・・・・?


そう思ったら体が熱くなった。この恥ずかしさは何なんだよっ。


「な、なんでそう思うんだよ?」


「なんでって・・・・・」


鳳は少し間を置いて



「だって、部長からはそういうフェロモン出てないですもん」



しれっと言った鳳。

フ、フェロモン!?

鳳のストレート発言にまたしても「ぎょっ」としちまった。

そういうフェロモンて何だ?

経験者はそういうフェロモンが出んのか!?

聞き返しそうになったのをぐっと堪えた。

先輩のオレが後輩の鳳に聞くのは流石に・・・・・なぁ?


「宍戸さんも部長の恋愛経験に関しては把握し切れてないみたいですね」


鳳の正直な発言に、オレは知らず知らず「ムカッ」ときたけど、確かにその通りだと思った。

オレは跡部とそんな話はしたことがねぇ。

小学校の頃は「○○ちゃん、可愛いよな〜」なんてことは言ったことあったけど

でも跡部のヤツは途端にむくれ顔になって「宍戸うぜぇ」って言いやがったし。

・・・・そういやアイツ。

あの頃からオレを「宍戸」って呼ぶようになりやがったんだ。

・・・・・・やべぇ。何かムカついてきた。

今まで「りょーちゃん」なんて可愛く言ってオレの後ろをちょこちょこついてきてたくせに。

そうだよ。あの頃からアイツはいっちょ前に独り立ちしやがったんだよ。

あーあ。

思い出したくもない思い出が甦っちまった。



走っていたオレの足が「ピタリ」と止まる。


「あれ?宍戸さん?」


急に止まったオレに少し驚いて鳳も止まった。

まだまだ跡部の言った「外周20周」には遠く及ばない。

が、オレは踵を返して正門へと歩き始める。


「え、宍戸さん!?まだ走り終わってないですよ!?」


鳳の慌てた声がかかる。


「んなん知るかっ。オレはもうやめて通常練習に入る」


そもそもこんな外周を走らされることになった跡部のあの発言も勝手な個人的発言だしな。

アイツの言うとおり素直に走るなんて馬鹿馬鹿しくてやってられっかってんだ。


「宍戸さんっ!怒られちゃいますって」


「20周走ったかどうかなんて分かんねーだろ。アイツだって監視してるわけじゃねーんだし」


部長という役職の職権乱用だ。あの発言は。

よって無効。真面目に聞くことなしっ。

ズンズンと歩くオレの後ろを、鳳はどうしようかと迷った挙句にワタワタとついてきた。

テニスコートに到着して跡部の姿を見つけた鳳が驚く。


「芥川先輩とゲームしてるじゃないですかっ!!」


確かに跡部はジローのヤツと楽しそうにプレイしていた。

・・・・・忍足のヤツはダブルス専用のコートに移動したみてーだな。

チラリとそんなことを考えた。

跡部・・・・・さっきは鳳とゲームしてやるなんて言ってたくせにな。

20周も走ったら時間がかかるから、おおかたその間の相手なんだろうけどよ。

鳳は面白くない顔をして急いでコートでゲームをする跡部に走り寄っていった。

オレはため息が零れた。

跡部が驚いたような顔で「もう走り終わったのか!?」なんて鳳に言っている。

鳳は真面目だからな。まさか途中で切り上げてコートに戻ったとは思わねーだろ。

オレ一人だったらぜってー疑うだろうけどよ。

・・・・・・・それもまた激ムカつく話だな、オイ。

鳳とやりとりをする跡部を遠くでぼんやりと見つめながら、先程鳳に言われた言葉を思い出す。



“ 部長って好きな子とかいるんですか? ”



そんなことオレに聞くな。



“ 宍戸さん、部長と幼馴染でしょう? ”



オレだって幼馴染なんだからアイツのこと何でも知ってると思ってるよ。

けど・・・・・・・



“ 宍戸さんも部長の恋愛経験に関しては把握し切れてないみたいですね ”



くそっ・・・・・・・・

そんなこと考えたことも無かった。




テニスコートでボールを付いているジローが視界に入る。

ジローはどうなんだろう・・・・・

ジローだって跡部と幼馴染だ。オレと幼馴染だ。

アイツはどうなんだ。

ジローのヤツは・・・・・・跡部のそういうところも知ってるのか?



「・・・・・つーか、オレ、ジローのそういうコトも知らねーや」



何だよ・・・・・・・・

オレってアイツらの幼馴染なくせして結構知らないことがあるんじゃねーのか?

そう思ったら乾いた笑いが喉から出ていた。













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