『宣戦布告』









爺に頼んで軽い夜食系としてサンドウィッチを作ってもらった。

胚芽パンに有機トマトとレタス、薄い熟成チーズを挟んだサンドウィッチ。

これくらいならジローのヤツも食べるだろう。


「お坊ちゃま。私が部屋までお持ち致しましょうか?」


爺の申し出を片手で制止する。


「いい、オレが持っていく」


皿に乗せられたそれを手に、オレは踵を返してジローが待つ自室へと戻った。


「おら、ジロー。軽食持ってきてやったぞ・・・・って、おい」


自室のドアを開けて、オレは呆れてしまった。

先程まで一緒になって(とは言ってもジローは寝てしまっていたが)

補習勉強に専念していたテーブルから、少し離れたオレ様専用のキングサイズのベッドに

あの三年寝太郎こと、ジローが気持ちいいくらいに大の字になっていたのだ。


「あー。あとべー。遅かったねー」


朗らかに笑いながら、ジローはオレに言った。

・・・・・・よかった。まだ寝てねーな。

寝たら動かせねーからな、ジローのヤツ。


「オレのベッドに横たわってんじゃねーよ」


はぁとため息をついて、テーブルのサイドに持ってきた軽食を皿ごと置く。

きゃあきゃあと嬉しそうにオレのベッドの上ではしゃぐジローの姿を横目で見る。

テーブルには散乱した数学の教科書とノート。シャープペンなんて既に転がってじゅうたんの上だ。

・・・・・・・ったく。誰のための補習勉強なんだよ。


「客室用意してあるから、そっちで寝ろよ」


「えー!?何ソレ!何ソレ!なんでそんなタニンギョーギなわけー?」


途端に、ジローからブーイングが漏れた。

先程の「帰る」「泊まる」の押し合いは、結局ジローの甘えを許してしまう結果となってしまったが

「泊まる」ことは承諾したが何も「オレの部屋に寝てもいい」とは言ってない。


「他人行儀とか関係ねーよ。おら、とっとと食べて客室に行け」


オレの言葉に頬を膨らませるジロー。

あーあ。

これは絶対言うこと聞かねーぞ。

どうするよ、オレ・・・・・


「やっだねーだ。オレ、ここで寝たいCー」


あぁ、ほら。やっぱり。

予想通りのジローの発言に頭が痛くなってくる。


「何言ってんだよ。ここはオレの部屋だぞ」


「そうだよー。あとべの部屋だからここで寝るんじゃーん」


キングサイズのベッドの端から端をコロコロと転がりながら

ジローは訳の分からない理屈を言い出す。


「・・・・・まさか、一緒に寝たいとか言い出すんじゃねーだろーな?」


一抹の不安。


「あったりー♪あとべ、最近勘がEー♪」


あぁ、もう・・・・・・

やっばりか。


「あのなぁ・・・・・・・」


もうそれ以上呆れてものも言えない。

この前も無理矢理保健室のあの狭いベッドで一緒に昼寝をしたばかり。

こんなこと、幼い頃以来だ。

最近はやたらと甘えてきやがるな、ジローのヤツ・・・・・。


「この前の保健室よりも広いじゃん!大丈夫!イケるって♪」


「いや、そういう問題じゃないだろ。もう中学生なんだぞ?」


この歳になってまだ男二人が一つのベッドで一緒に寝るって、そろそろおかしいだろ。

ジローはぷーと頬を膨らませる。


「歳なんて関係ないC。オレはオレ、あとべはあとべじゃん」


いや、まぁ、確かにそうだんだけどよ。


「って、訳分かんねー理屈を言うな。頭が痛くなる」


「頭痛いの?じゃー早く寝よー♪」


ジローが手招きをしてくる。

だから、そういうことじゃなくてだなーっ。


「だいたい。補習はどうした、補習はっ」


オレの家にやってきたのはそのためだろーが。

寝るために来たのか、テメーは!

ジローは「うーん」と少し考えながら、へらっとオレに笑って


「何とかなるっしょ」


と軽く返してきた。

何とかなるような数学だったら補習なんてしてないっ!!赤点もとらねぇっ!!

ツッコミを入れたくて仕方ないが、ジローとまともにやり合うだけ損だ。

こっちの体力がなくなる。


「数学なんて生きるのに必要ないCー。あんな難しいの、やってらんない」


今日、教室で見せられたジローの数学のテストはひどかった。

どうやったらあんな点数をとれるんだ?

オレにはそっちの方が難しいと思うぞ。

ジローは「んしょんしょ」と掛け声をあげながらベッドの上を這って身を乗り出す。

そうしてオレがテーブルの上に置いてやったサンドウィッチを口に頬張る。


「んーvおいC〜v」


って、お前、人のベッドの上に寝転んで食べるな。


「食べカスが落ちるだろ?こっちに来て座って食べろ」


オレの言葉に耳を貸さないジロー。


「おい、ジロー」


ジローは、大きな口を開けて押し込むように食べきってしまった。

あぁ、ったく。なんて世話の焼けるお子様なんだっ。

モグモグと忙しく口を動かすジローは、幸せそうに笑ってくる。

・・・・・・くっそ。オレ、この笑顔だけには弱いんだよ・・・・。






初めてジローに会ったのは幼稚園入学のときだった。

すみれ組の教室に入って、キョロキョロと辺りを見回す。

同い年の騒がしく走り回る子供にどう声をかけていいのか困っていた。

オレは所謂、人見知りの激しい気弱な子供だったのだ。

このままじゃ誰とも友達になれない・・・・・

一人なんて嫌。だけど・・・・・

そう思ったオレは急に悲しくなってきた。

どうしよう。

どうしよう。

どうしよう。

俯いて泣きそうになったオレに声をかけてくる一人の子供。

それがジローだった。


「ねぇ、ねぇ」


誰?


「僕ね、ジローって言うの」


じろー?


「キミは何てゆーの?」


恐る恐る顔をあげた、その先には。

柔らかいクシャクシャの金のくせ毛。

優しそうな微笑を浮かべて。

透き通ったその声。

泣き出しそうになっているオレは震える唇で静かに言った。


「・・・・・けーご。僕、けーご」


ジローはにっこりと笑った。

そうして一言。



「もう大丈夫だよ」



そう言って微笑んだんだ、ジローは。

あの時のオレにとって、その一言は。その笑顔は。その差し伸べられた手は。

全部全部救いのような、そんな気分にさせた。

ジローの「大丈夫」が素直に心の中に入ってきた。


もう、怖くないよ。

僕が一緒にいてあげる。


そう聞こえて、ひどく安心して。

だから、我慢していた涙が溢れ出してしまった。

安心しきって涙がぼろぼろと零れた。






あれからだ。

ジローの笑顔を観ると、その時の感情を思い出して。

自然と安心感が出てくる。無意識の内にホッとしている。

だから強く言えなくなる。ジローの甘えを許してしまう。

それが宍戸の言う「ジローに甘い」理由・・・・・なんだと思う。

あの瞬間から、ジローはオレの世界にすっぽりと入ったまま。

ジローとオレの関係は、あの頃から何も変わらない。

オレは結局今でもジローの傍にいて、ジローの笑顔を見るだけで安心して。

そうして許してしまう。

今もジローは確かに子供っぽいし、成長してないようだけど。

オレの方が断然大人っぽいように思われるけど。

それでも、根底にあるオレとジローの関係は何一つ昔のままなんだ。




「あとべ?」


呼ばれてハッとした。


「あ、悪ぃ。考え事してた・・・・・」


ジローの表情が一瞬硬くなる。


「ふーん・・・・・・・・・」


ジロー?

ベッドの上で頬づえをついて、ジローのヤツがオレを見つめる。


「何だよ」


「・・・・・・あとべの考え事って何かなーって思って」


「何って・・・・・」


まさか昔のことを思い出してたなんて言えない。

オレがジローに甘くなってしまう理由を考えてたなんて。

・・・・・くそ。宍戸のヤツが変なこと言いやがるから・・・・。

宍戸は、明日の部活でこってり絞ってやろう。うん。

言いあぐねているオレを見てジローはポツリと言ってきた。



「もしかして、忍足のこと?」



ジローの突然の言葉にオレは咄嗟に言葉が出なかった。

は?

なんで忍足??

なんで忍足が出てくんだ??


「一体どこから忍足のことになるんだよ?」


ジローがフイと目を逸らした。


「・・・・・・この前、窓から見えた」


「な、何が?」


ジローは一体何を見たというんだろう。

この前って・・・・・この前・・・・・・・・・・あ。

脳裏に思い出されたのは、サボる忍足を注意しに行った時のこと。

ふいを突かれたのだ。

あの時、忍足に抱きしめられたのは。

窓から見えたというのは・・・・・その時の光景?

・・・・・・まさかジローのヤツ、勘違いしてるんじゃ・・・・・・


「ねぇ、あとべ」


ジローの呼びかけにビクリとする。


「忍足って、トクベツな存在なの?」


「な、何言って・・・・お前、勘違いしてんぞ」


「勘違い?」


逸らしていたジローの目がオレを見上げた。


「あんなヤツがトクベツなら、オレは死んだ方がマシだ」


ふんぞり返ってそう言ってやったら、

硬くて冷たいようなジローの表情が、急にパッと明るくなった。


「うん、そうだね。おっしーがトクベツになっちゃったらどうしようかって思っちゃった、オレ」


ジロー?

言ってる意味が分からなくて、オレは首を傾げた。

どこをどう間違って、忍足がオレにとってトクベツな存在になるというのだろうか。


「そりゃどーゆー意味だ?あーん?」


「あー、EーのEーの。気にしないで」


にこやかに話をはぐらかすジロー。

オレは眉をしかめた。


「あ。そうそう!オレね、さっきの時間に夢見たんだー♪」


「さっきの時間?・・・・て、そりゃお前、補習勉強中のことかよ」


「うん、そう♪」


「そう」って・・・・・

夢観るほど爆睡してやがったのか、お前。

・・・・・・・・このやるせなさは何なんだ。

がっくしと肩を落とすオレの気持ちを余所に、ジローは嬉しそうに続ける。


「その夢がねー。あとべと初めて会った日のことだったんだー♪」


「へへへ」と幸せそうに笑うジローに、オレも頬が緩む。


「また懐かしい夢を観たじゃねーの?あーん」


「でっしょー?」


ジローは鼻歌を歌い始めそうなほどにご機嫌だ。


「でねでね。オレね、思い出したのー」


「思い出した?」


「ふふふ」と一人笑みを零すジロー。




「あとべってね、実は光の羽を持ってるんだよ」




「は?」



ジローの言葉の真意が掴めなくて、オレはきょとんとした。

オレが光の羽を持ってる?

・・・・・またすげー夢を観たな、ジローのヤツは・・・・・


「すっごくキラキラして綺麗だったんだー♪オレね、初めて会った日に観たんだよ!」


「あーそうかそうか。そりゃよかったな」


「あー!その反応は、冗談だと思ってるっしょ!?事実だCー!!」


「あーそー。よかったな」


夢と現実の区別がつかないのか、お前は・・・・

まぁ、ジローの不思議話はいつものことだから、オレも今更驚かない。

にっこりとジローがオレに笑いかける。


「な、何だよ」


その様子にオレも少し恥ずかしい気分になるのは・・・・・やっぱり昔の記憶のせいだな。



「大丈夫だよ」



突然のジローの言葉に目を見張る。

頭の中で、あの日に聞いたジローの声と重なった。



「あとべの大事な真っ白い羽も何もかも・・・・・オレがちゃんと守ってあげるからね」



そう言って、ジローは満足そうに微笑んだ。

オレは何と返事を返したらいいのか考えあぐねて、結局ポツリと。

「・・・・・・・そりゃどうも」

とだけ言っておいた。





この発言もジローの不思議発言の一つで、深い意味なんて特に何も無いだろうと思っていた。

・・・・・・そう、この時のオレは。













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