いつものことだった。


別にオレが怒る理由なんてないのに。

オレがこんなに気にすることなんてないのに。













『宣戦布告』











それは部活終了時に起こった。


「今日はあとべの家に行くんだー♪」


跡部のしごきにも何とか耐えて、ようやく着替え終わったオレに、ジローが嬉しそうに言った。


「は?」


専用ロッカーを勢いよく閉めたオレの隣で、なかなか着替えの進まないジロー。


「だからー。今日はあとべん家に行くのー♪」


あぁ、どうりでお前、今日は部活中も機嫌がよかったんだな。

・・・・・・って、そうじゃなくて。


「なんで?」


「んとねー。あとべに数学の補習勉強頼んだから」


ジローはジャージを脱いでシャツに手を伸ばす。


「数学の補習って・・・・・お前、また赤点とったのかよ?」


呆れた声でついそう言ってしまった。

まぁ。オレも他人のこと言えたもんじゃねーけと・・・・。


「そー!しかも再テストー!」


「・・・・明るく言えるような話題じゃねーぞ、ジロー」


オレもかなりの馬鹿だが、オレは努力をする馬鹿であってジローのように何もしない馬鹿じゃない。

そんなジローが再テストとなりゃ、レギュラー落ちもあるかもしれない。

なんせ普通にしてても部活サボり気味だしな。


「平気だよー。あとべが面倒観てくれるCー」


な、何てヤツだ。跡部が甘やかすって分かってて、最初っから頼りにしてやがんな。

跡部とジローはクラスまで一緒。

正義感も強く真面目で面倒見のいい跡部のこと、

きっとジローに泣きつかれて補習の相手をすることにしたに違いない。

シャツを着終わったジローはネクタイを手に取る。

オレは小言のようについ口を出してしまった。


「お前、跡部に何でも頼るなよ。迷惑になってるって思ったことねーのか?」


ジローの動きが止まる。


「これからもずっと一緒って訳にはいかなくなるんだぜ?少しは自立して・・・・」



「・・・・分かってるよ、そんなこと」




冷たいジローの声に、オレは少し驚いた。

ジローは「ガシャン」と強くロッカーを閉める。


「おい、ジロー?」


「分かってる。でも、こうでもしないと・・・・」


俯き肩を落とすジロー。




「こうでもしないと、持っていかれそうなんだもん」




ジローがオレに顔を向けてきた。

寂しそうな表情。けれど強く決意をしたような瞳。


「ジロー?」


お前、一体何考えてるんだ?

持っていかれるって。

そりゃ、どういう意味だ?


「そういうりょーちゃんこそ」


「な、何だよ」


「りょーちゃん」なんて懐かしいあだ名で呼ばれて、オレは少し緊張してしまった。


「あとべにかまってもらえないからって、オレに八つ当たりしないでね」


「 !! 」


や、八つ当たり!?八つ当たりだと!?

ジローの言葉にオレの心臓が飛び跳ねた。


「なんでオレがお前に八つ当たりするんだよ!?オレはだな、ただお前の今後を心配して・・・・」


「嘘」


「嘘じゃねーよ!跡部が困んのはどーでもいいけど、オレは・・・・・」


「それも嘘」


「あぁ!?」




「りょーちゃん、ホントはあとべのこと好きなくせに」




頭が真っ白になった。




誰が誰を好きだって?


目の前にいるコイツは今何と言った?


オレが


オレが誰を好きだって?




「りょーちゃん、超面白い顔だCー!!」


ぽかんと口を開いたまま返事を返せないでいるオレを指さし、ジローは大笑いをしやがった。

「あはははは」と腹を抱えて笑うジローに、段々オレも気恥ずかしくなってくる。


「おまえっ・・・・人のことからかうんじゃねー!!」


「わ〜!りょーちゃんが怒ったぁ〜!」


人のことをからかいやがって〜!!

オレはジローの首に腕を回して締め上げるような形で技をかけた。


「わーわー!りょーちゃんの鬼ー!!あとべにいいつけてやる〜!」


「五月蝿ぇ!!よくもからかいやがったな!!」


「痛い!痛い!殺される〜!」



「・・・・・お前等何やってんだ?あーん?」



声のする方に顔を向けると、ロッカールームの入り口に呆れ顔の跡部と、その隣に忍足、

少し後方に岳人が顔を覗かせて立っていた。


「あとべ助けて〜!!殺されちゃう〜!!」


オレの腕からするりと抜けてジローは跡部に駆け寄り、案の定抱きついた。

殺すわけねーだろ!!大袈裟な事言うんじゃねぇっ!!


「アカンでー。影でコソコソいじめるんは。かっこ悪いで、宍戸」


かーっ!!激ムカつく!!誰がイジメなんかするかよっ!!


「イジメなんてしてねーよ、忍足!つーかジロー!!お前も跡部から離れろ!!」


オレの言葉を無視してジローはあっかんべーをしてくる。


「やー。今日はこのままあとべと一緒に帰るんだもんねー」


「こんのっ・・・・」


「おい、ジロー放せ。着替えられねーだろ」


跡部は抱きつくジローを引き剥がして自身のロッカー前に歩いていった。

そうだ。跡部にもこの際一言言ってやろう。このままじゃオレの気が収まらないっ。


「おい、跡部」


「あーん?何だよ、宍戸」


っかー!!!激ムカつく!!何だよ、そのうざったそうな態度は!!

跡部は淡々と着替えていく。


「お前な!ジローに甘過ぎんだよ!!」


「ビシッ」と言ってやったのに、跡部はくだらなそうにため息をつく。


「・・・・何だよ、またヤキモチか」


「!!!」


ヤヤヤヤヤキモチ!?んなわけあるかっ!!


「何や。宍戸、ヤキモチ妬いてたんかー」


「違うっつの!!」


隣で着替えをしていた岳人がニヤニヤと笑う。


「男の嫉妬は見苦しいぜー?」


く、くそう。岳人まで・・・・!!

三人は手早く着替えを済ませていく。


「おい、跡部!」


「・・・・・何だよ」


「まだ何か言いたいのか?」というような顔でオレを見てくる跡部。

あーくそ。激ムカつくな、その態度。


「ジローから聞いたけど。お前、ジローの勉強を見てやるんだってな」


オレの一言に、跡部の動きが一瞬「ピクリ」と止まる。

そうして小さく「ちっ」と舌打ちをした。


「・・・・ジロー、お前、喋ったのか?」


「うん♪今日はあとべの家に行くんだって言ったー♪」


嬉しそうに話すジローとは対照的に、跡部は重いため息を吐く。

忍足が少し眉をしかめた。


「何や、跡部の家に行くんか?」


「・・・・ジローが数学の小テストで赤点取りやがったんだよ。だから仕方なく面倒見てやるんだ」


なんでジローだけなんだよっ。オレの勉強も一緒に見てくれたっていいだろっ。

贔屓しやがって。オレだって幼馴染だろーが!!・・・・たぶん。

岳人もオレと同じことを思ったようで、跡部に口を開いた。


「じゃあオレの勉強も見てくれよっ」


「向日とはクラスが違うだろーが。忍足にでも教えてもらえ」


岳人が「ちぇっ」とそっぽを向く。

忍足は苦笑しながら会話に口を挟んできた。


「跡部はクラス委員長兼部長やもんなぁ。クラスメイト兼部員の危機は放っておかれへんわなぁ」


な、何だ?

忍足のヤツ、何か刺のある言い方してねーか・・・・・?

忍足の物言いにジローも「ムッ」とする。


「クラスメイトじゃなくても、オレだったらあとべは面倒みてくれるもん」


「おい、ジロー・・・・」


跡部が制止の声をかける。


「自分やったら?そら偉い自信やなぁ、ジローは」


何だ?何だ?

忍足の言い方、すげぇ感じ悪いぞ・・・・?


「やったらオレも跡部の家に行こうかな。オレかて苦手科目あるし」


「いい加減にしろよ、お前ら」


跡部がついに一喝した。


「忍足の勉強なんて誰が見るかよ。だいたいジローはトクベツなんだって前に言っただろ?」


「「 トクベツ!? 」」


岳人と同時にリアクションしてしまった。

跡部の「ジローはトクベツ」発言を聞いてジローは満足そうに微笑み、忍足は顔をしかめた。

ジローがトクベツ!?トクベツ!!??

んなこと、初めて聞いたぞ!?

そりゃどーゆー意味だ!?

忍足が「ハッ」と乾いた笑いを漏らす。


「ホンマ、宍戸の言うようにこの部長はんはえらい偏った贔屓しはるわ」


「おい、侑士。もうそのへんにしとけって」


岳人が忍足をたしなめる。


「・・・・・妬けるで、ホンマ」


小さく呟いて「ほな」と片手を軽くあげ、忍足はさっさとロッカールームを退出していった。


「あ、おい、侑士!待てって!」


岳人も忍足を追いかけて、そそくさと出て行ってしまった。


「あとべー。オレ達も帰ろー♪」


「ん、あぁ」


ジローに急かされて、跡部も歩き始める。

あ、あれ・・・・・

オレ、何だか言いたいこと言えてねーような・・・・


「おい、宍戸」


急に跡部に話しかけられて「ビクリ」と肩を揺らしてしまった。


「な、何だよ」


「まさかお前も勉強見てくれなんて言わねーよな・・・・?」


ギクリ。


「い、言わねーよ!」


いや、まぁ、その・・・・・オレだって赤点とるくらい馬鹿だし・・・・・

本音では見てもらいたいってのがある。

つーか、そもそもソレを言いたかったはずなんだけど・・・・・

今はそれよりも「ジローはトクベツ」発言の方が気になる。


「だったら早く正門に行け。鳳のヤツが待ってるぞ」


「え。あ、あぁっ」


オレも慌てて自分の荷物を手に持ってロッカールームを後にした。








家に帰ってから、オレは自分のベッドに横になってなかなか寝付けなかった。

今頃跡部の家ではジローが二人っきりで勉強を教わっているに違いない。

・・・・・いや、別に二人っきりだからって何かあるわけじゃねーけど。

・・・・・・って、「何か」って何だよ。

オレはブンブンと首を横に振った。


「ったくよー。跡部は甘過ぎんだ、ジローに・・・・・・」


・・・・・・・・・。

で、電話して確かめてみるか。

放り投げていた自分の携帯を手にとってディスプレイを眺める。

住所録を開いてプッシュボタンを―――――――――・・・・・・・・・


「って、やめやめ!!何もねーだろ。つーか何があるんだよ、あの二人に」


オレは携帯を手の届かないところへ投げた。軽く「ポスン」と音がした。

あぁ、くそ。

なんでこんなに気になるんだよ。

跡部がジローをトクベツ扱いしてることなんて前から分かってたけど。

でも、流石にあんな風に本人から実際言われてしまうと・・・・・・


「・・・・何だかなー。何気にちょっとショックなんだよなー・・・・・」


だって。

オレだってアイツとは幼馴染なんだぜ?

そう思えば、オレだってトクベツじゃねーのかよ?


「・・・・・でもなー。どう考えても、オレのことはトクベツじゃねーよなー・・・・・」


頭上にある時計をチラと見てみる。


「ジローのことだから、ぜってー寝て勉強どころじゃねーだろ・・・・・」


跡部の家に行きたかっただけじゃねーのか、ジローのヤツ。


「つーか、そうなったら絶対に泊まりだよな?」


ジローが「泊まりたい」って言ったら、あの甘い跡部は「帰れ」とは言わないだろうしなぁ・・・・・

・・・・・・くそう。

ジローの行動パターンと跡部の行動パターンを直ぐに考えられるオレは賢いのか虚しいのか・・・・。

ジローのヤツ、勉強なんてただの口実なんじゃねーだろーな?

・・・・・有り得るな、アイツなら。うん。

や、やっぱり電話して確かめてみようか。


「・・・・・・・って、やめやめ!!何考えてんだよ、オレは!!」


浮上してくる訳の分からない考えをなくそうと、オレはごろごろとベッドの上を転がった。

だいたい、ジローのヤツが変なこと言うから・・・・・・

部活が終わって、たわいも無い会話をしていたはずなのに。




“ りょーちゃん、ホントはあとべのこと好きなくせに ”




「好きって・・・・・・それ、どういう意味で言ったんだよ、ジロー・・・・・・・」



そりゃ、吐き気がするほどの嫌悪感だったら、小さい頃からずっと一緒になんていられるかよ。

だからって。

好きだなんて・・・・・・・・


「れ、恋愛感情じゃねーよな?」


自分で言って自分に聞いてみたが、自分からは何の返答も無かった。

そのことに少し安心した。


「だよなー。オレが跡部を好きったってなー。アイツ、いくら綺麗っつっても男だしなー」


男相手に恋だの愛だのはねーだろ。うん。

しかも跡部だぞ、跡部。激有り得ねーだろ。

あんなワガママ太郎。もし女でも願い下げだっつの。

自己満足かもしれないが、自問自答して答えが出なかったことに心底安心して、

自分で否定することで更に気分をよくしたオレは、その後ぐっすりと夢の中に引き込まれていった。





しかし。

ジローのこの不可思議発言は、オレの中で微妙に尾を引いていくのである。

そう、不本意ながら。













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