『宣戦布告』











腹立つ。

腹立つ。

腹立つ。

ジローのあの顔。

何や、あの自信たっぷりな言い草。

ほっんま腹立つわ。

自分が跡部の“トクベツ”やから何やねん。

そんなん。

今だけの話やろ。

今に見てみ。

その“トクベツ”って肩書き。

オレが横から掻っ攫ったるからな。

覚悟しとけよ、ジロー。

そんで後悔したらええねん。

オレに喧嘩売ったこと、思い知ったらえぇ。


「おい、侑士」


ロッカールームでのちょっとしたいざこざからそそくさと退出したオレの後を

岳人が慌てて追いかけてくる。

あぁ、くそ。

追いかけて来たんが、跡部やったらよかったのに。


「侑士って!おいっ!」


「何や」


オレは振り返ることなく返事を返す。


「お前、何イライラしてんだよっ」


「イライラ?はっ。誰がイライラするかいっ」


吐き捨てるようにそう言ってやった。

岳人が渋い顔をする。


「ジローと跡部は幼馴染なんだからさー。もうちょっと穏便にしろよなー」


穏便て・・・・・。

そら向こうが勝手にオレに対して敵対心を向けてくるからやろ?

穏便になんてできるか。


「あんな言い方じゃ、まるで・・・・・・」


岳人が言葉を考えるようにしてポツリと言った。



「・・・・・まるでヤキモチじゃん」




ヤキモチ?


岳人の思わぬ発言にオレの足は止まる。


ヤキモチやて?

岳人へと振り返って目をパチパチさせた。


「なんでオレがヤキモチ妬くねん。宍戸やあるまいし」


「跡部がジローを優先してんのが嫌なんだろ?それってヤキモチじゃん」


オレは岳人の言い方にムッとした。


「前にも言うたやろ?これは“ゲーム”やって」


オレは部活の荷物を抱えなおした。

そうや。これはただのゲーム。

普通のゲームとはちょっと違う。

少し難易度の高いスリル感たっぷりのゲーム。

そのゲームをジローが毎回邪魔してきよるだけ。

やから腹が立つ。

跡部がどうのこうのは関係あらへん。

ヤキモチなんて誰が妬くか。


「のわりには熱くなってるじゃん?それはヤキモチって言うんだよ」


岳人のしつこい物言いに、いかんせんオレも腹が立った。


「ヤキモチヤキモチて・・・・・そら岳人の方やろ?」


見下すように見つめてやったら、岳人は驚いたような顔をして、そして唇を噛んだ。


「跡部のこと好きやもんなぁ、岳人は」


「!!違っ・・・・」


オレの発言に慌て始める岳人の態度に、「くくっ」と低い笑いが漏れてしまった。

反応が素直でおもろいなぁ・・・・・


「ヤキモチ言うんはなぁ、好きな相手に対しての独占欲から生まれんねんで?」


岳人の前に人差し指を出して、丁寧に教えてやるように言った。


「オレは跡部のことは好きやない。せやから、ヤキモチなんて妬くわけないねん」


そう。

ヤキモチなんて妬くはずがない。

これはただのゲーム。

跡部のことを好きでもないオレが、嫉妬なんてするわけがない。

馬鹿馬鹿しい岳人の見解に、オレは鼻で笑ってしまった。


「そういや。跡部の“トクベツ”発言に、自分も宍戸もおもろい反応しとったなー」


「う、五月蝿ぇなっ!」


「ははは。岳ちゃんも宍戸とレベル一緒なんかなー?声ハモッとったしなー」


「宍戸と同レベルにすんなよっ!!クソクソ、侑士、すっげー感じ悪ぃ!」


岳人を一通りからかい終わって少しすっきりのオレは、むくれ顔の岳人の頭をぽんぽんと撫でてやった。


「ごめん、ごめん。ちょー言い過ぎたわ。機嫌直してv」


「知らねー、ばか。侑士なんて痛い目に遭えばいいんだっ。クソクソッ」


「そら堪忍や〜。岳ちゃんだけが味方やのにぃ〜」


岳人の機嫌が治るように、情けない声を出してみせた。

岳人の顔つきが徐々に穏やかになっていく。

ホンマ岳ちゃんはお人好しさんやねぇ。

こんなオレの演技に騙されるんやから。

これやったら跡部も簡単に騙せるかな、オレ。


「・・・・・ホント調子いいなー、侑士って」


岳人がため息をついてそう言った。


「岳ちゃんやから言うてんねんてー。跡部にやったら言わんで、オレ」


「・・・・・・その辺が調子いいって言ってんだよ」


「堪忍してぇ。もうからかったりせぇへんからぁ」


オレの猫なで声に、岳人はめいっぱいにため息を零す。


「なんでオレ、侑士なんかのダブルスパートナー引き受けちゃってんだろー・・・・・・」


「そら、岳ちゃんがイイコやからv」


そうじゃなかったら。

オレのこと、もっと軽蔑してもいいと思う。

結局。岳人はオレのことを嫌ってなどいないのだ。

だからこそ。

跡部のことでからかっても、オレが跡部を狙ってると話しても、岳人は決して拒絶しない。

寧ろこんなオレに忠告や助言までしてくれるのだから。

有難いパートナーだ。

もしもこれが宍戸やジローやったら。

きっと笑ってなんてすましてくれへんやろな。

自分らの大事に大事にしている跡部を。

おふざけ気分のゲームとして観てんねんから・・・・・・・

その点、岳人はなんて心の広い友人なのだろう。


「岳人がパートナーで、オレは幸せモンやなぁ」


しみじみとそう言ったら、


「・・・・・・・侑士。まさかお前、オレまで狙ってるんじゃねーだろーな・・・・・?」


そう言って、冷たい視線を投げてよこしてきた。


「あははは。安心したってや。今は跡部の方で楽しんでるし」


岳人が眉をひそめる。


「せやけど。岳ちゃんがオレのこと好きー言うんやったら即OK言うたるでー?」


オレの軽い発言に、岳人は「げぇっ」と言って心底嫌そうな顔をした。


「お前みたいな軽いお調子者なんて嫌に決まってるじゃん。勘弁してくれよな」


「あははは。そやなー。岳人は跡部がタイプやもんなー」


「!!だ、だからそれ言うなって言ってんだろ!?」


オレのからかい発言に、またしても岳人は顔を赤らめて抗議の声をあげてきた。

おもろい。

ホンマおもろい。

跡部なんかにマジで恋してる岳人の気持ちは分からないけれど。

跡部のどこがよくて、岳人は想いを寄せているのか知らないけれど。

それでも、こうやって岳人と話をするのは気が紛れた。


「もうさっさと帰ろうぜっ」


岳人の言葉に「そうやね」と相槌を打った。

パタパタと掛けていく岳人の後姿を微笑ましく思いながら。

のんびりと歩くオレの後ろから跡部が来やしないかなんてことを考えている自分に気が付いた。


「・・・・・・・・・・アホか、オレは」


今頃、跡部はジローと仲良くお手手繋いで帰っているだろうに・・・・・。

想像したら何だか胃がムカムカしてきた。


「・・・・・・・・まぁ、えぇわ。そのうち奪ったるし」


ジローのヤツが大事に大事にしてきたモノを。

一瞬で壊したる。

そしたらオレの勝ちや。


「最終的に勝ったらえぇだけの話や」


ゲームなんて所詮そんなものだ。

「ふふん」と鼻で笑って、オレは氷帝学園を岳人と共に後にした。








夕焼け時も過ぎて、だいぶ暗くなった。

一人暮らしの自宅のアパートに戻って、玄関の傍に荷物をどっかりと置く。

テーブルの上に投げた家の鍵が「ガチャン」と乾いた音を立てた。

決して広くはないリビングに置かれている黒のソファにゆったりと腰掛けながら、

オレはこれからどうやってこのゲームを進めていくか考えていた。


「宍戸は全然問題あれへんねんけどなー・・・・・・・」


何せジローが警戒し始めている。

それは何故か?

考えて思いつくのは唯一つ。


「きっとこの間のオレと跡部の出来事を盗み見とったせいやろな・・・・・」


そうなのだ。

ジローはオレが跡部を意味深に抱き寄せている現場を、教室から目撃していたのだ。

だけど、オレだってバカじゃない。

ジローがこちらを観ていることを分かっていてわざとやってやったのだ。

何故わざとそんなことをしたのか・・・・・

それは少し前に聞いた、跡部の「ジローはトクベツ」発言が発端だったりする。

あの発言を聞いて以来、ジローに対して変な対抗意識と怒りを抱くようになった。

自分だけがトクベツだと勘違いしているジロー。

分からせてやらなくては。

トクベツだと思い込んでいるジローに。

その場所は決してお前だけのものじゃないんだよ、と。

オレはもうそこに来れたんだ、と。

お前だけがトクベツな存在だと思うなよ、と。

ジローがオレと跡部の抱擁のシーンを観たらどんな表情をするのだろうか。

きっとひどく傷ついたような、耐えられないような表情を見せるに違いない。

そう思った。

案の定、ジローはひどくショックを受けたような顔をしていた。

全てはオレの計算していたとおりに、万事何もかもが予想していた展開になった。


「・・・・・・・跡部も拒まんかったもんなー、あの時・・・・・」


それがよほどジローには衝撃的だったのだろう。

それ以来、今まで以上に跡部にしがみつくようになった。

「お前には渡さない」と言わんばかりに。


「・・・・・まぁ。そのくらいのライバルがおらな、ゲームもおもろないしなー」


だからジローを焚き付けてやった。

このゲームでのオレのライバルは、本当は誰でも良かった。

岳人でも宍戸でも他のヤツでも。

でも一番の適任はジローだったのだ。

岳人は決してオレの挑発には乗らないし、跡部への想いも諦めている節がある。

宍戸なんて論外だ。恋なのか友情なのかの区別もついていないのだから。

鳳はオーラは出ているものの、まだガキだから相手にするだけ力不足。

しかしジローは違った。

アイツだけは自分の跡部に対する気持ちにちゃんと気付いていた。

そうして自分の気持ちを必死に殺して跡部に接していた。

多分、今まではそれで均衡が保てていたのだ。

宍戸と跡部とジローの幼馴染の三人は。

それが何となく分かったのは、オレがテニス部に入部して三ヶ月ほど経ってからだった。

もともと、オレは氷帝学園の人間ではない。

中二から氷帝学園に編入して後、すぐにテニス部にも入部した異例の転入生だ。

前々からこの三人の微妙なバランスは面白いと思って遠くから眺めていた。

そしていつしか。

そこにオレが参入してみたらどうなるのだろうかと思うようになった。


皆から大事にされている跡部。

綺麗な綺麗な跡部。

何者にも汚されない気高さを持つ跡部。

誰からも一目置かれる跡部のその存在。


その存在がいつのまにか欲しくなった。

どうということはない。

このゲームをやってみようと思ったのは、それだけの理由。

それからだ。

オレが徐々に跡部に対してスキンシップをはかるようになったのは。

跡部だって少しずつではあるものの、警戒をしなくなった。


「あともうちょいやねんけどなー・・・・・」


跡部がオレの手に堕ちたら。

ジローや宍戸はどんな顔をするだろう?

宍戸はようやっと自分の気持ちに気付いて後悔するかもしれん。

ジローはきっと泣いて悔しがるやろうな。

岳人はどうするだろう?


そうやって考え出すと、楽しくて仕方がない。

この手のゲームは何度だって経験済みだ。

そして、この手のゲームに負けたことは一度だってない。


「連戦連勝。向かうトコ敵無しやもーん、オレ♪」


自分で自分を褒めて、何だかおかしくなった。

明日はどうやって跡部にちょっかいを出そう?

ジローにどんな発破をかけてやろう?


ふと見上げた時計は既に20時。

今頃、跡部の家ではジローは跡部と仲良く二人で勉強会に違いない。


「・・・・・・ちょーっと伏線張っとこか」


オレはゆっくりとした動きで鞄の中から携帯を取り出す。

そうして住所録から“跡部景吾”を見つけてボタンをプッシュした。

ダイヤルの回る音。

そうして回線が繋がって一度コールが鳴った後に切ってやった。

所謂ワン切り。


「・・・・・・・・これでよしっと」


オレは用事の済んだ携帯を黒のソファの上に「ぽすり」と投げ出した。

別に、勉強会の最中の二人を邪魔するつもりではない。

そんなことをしたら、きっと跡部は怒るだろうし。

それは得策じゃないことくらい、重々承知だ。

オレがしたかったのは、跡部の携帯にオレからの着信履歴を残すこと。

携帯の着信履歴だけではワン切りかどうかなんて分からない。

(そもそも、お坊ちゃまの跡部がワン切りというモノを知っているかも怪しいが・・・・・)

恐らく跡部は明日の朝、着信履歴でオレから電話があったことに気付くだろう。

夜遅くにかかってきた電話。

跡部はきっと「何か用事があったのか」と思うに違いない。

そうしたら跡部の方からオレのトコロへ話をしにやって来るだろう。

オレの思惑通りに。


「跡部は面倒見のいい部長やしなー♪」


そこでまたジローに、オレと跡部の二人っきりな現場を見せてやろう。

ジローはまたショックを受けるぞ。


「ざまーみろや。オレに喧嘩売るからやで?」


売られた喧嘩は買う。これ、常識。


「ほんでこのゲームにはオレが勝つ。これも常識」


ジローなんかに負けへんで。

あんな甘っちょろい温い関係を保ってきたジローには。

せいぜい今の状況で安心していればいい。

そうして今にしがみ付いていればいい。


そのうち、そんな余裕無くなるだろうから。


「・・・・・・・明日が楽しみやなー♪」













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