『宣戦布告』











本当はね。

オレ、起きてたんだ。

跡部が起きる、ずっとずっと前の時間から。

いつもは絶対寝ちゃうのにね。

なんでかな。オレ、寝れなかったんだ。

珍しいよね。変だよね。おかしいよね。

隣に眠る跡部の寝顔をまじまじと見つめてたらさ。

なんでかな。寝るのが勿体無くなって。

それから、寝ちゃうのが怖くなった。

オレが寝ちゃって次に起きたとき、隣に跡部が居なかったら。

そう思ったら、急に怖くなって眠れなかったんだ。

オレが狸寝入りしてること、気付かなかったでしょ?

ぐっすり眠るように見えるオレを見つめて、跡部ってば困ったよね。

オレね、跡部のことだから、オレが起きるまで傍に居てくれるって思ったんだ。

だからね、狸寝入りしたの。

だって傍に居てほしかったから。ずっと傍に居てほしかったから。




りょーちゃんに言われた言葉。



“お前、跡部に何でも頼るなよ。迷惑になってるって思ったことねーのか?”



“これからもずっと一緒って訳にはいかなくなるんだぜ?”





胸をえぐられたかのような痛みが走った。



分かってる。

分かってるよ、そんなこと。

いつまでも一緒になんていられないこと。

いつかは別々の道を歩んでしまうんだってこと。

オレだって子供のままじゃない。

分かってるんだ。

でも、嫌なの。そんなの、嫌なの。

オレのワガママなんだって分かってるけど。でも。

でも、嫌なんだもん。



りょーちゃんの言葉が胸に突き刺さって・・・・・・・・

だからオレ、ワザと寝た振りを決め込んだ。

だって跡部はオレに甘いから。

オレのことなら、どんなワガママでも聞いてくれるから。

なのに。



徐に起きた跡部は、そっとベッドから出て立ち上がった。

オレね、てっきりオレのことを起こすんだと思って、ちょっとドキドキさせてた。

跡部が「起きろ」て言ったら「起きてるCー♪」て言って、跡部のこと驚かそうと思って身構えてたから。

でも、跡部は寝た振りをしているオレに構わず携帯の画面を見つめて顔をしかめた。


「〜〜〜〜〜・・・・・・・ったく。なんだって電話なんかしてきやがるんだよっ」


何だろうね。

このとき、何か嫌な予感はしたんだ。


跡部はその後何度かブツブツと文句を言ってて。

オレは起き上がるタイミングを待ってたんだけど。



「・・・・・っち。忍足のヤツ、覚えてろよ・・・・・」



その跡部の呟いた一言に。

オレの体は金縛りに遭ったかのように動かなくなっちゃった。

忍足・・・・・・・・あとべに電話したんだ・・・・・・・・・・・・

“忍足”なんて単語、聞きたくなかった。

そのせいかな。オレ、なんでか意地になって寝た振りを続けたんだ。

オレが起きるまで、跡部は絶対部屋を出て行かないはずだから。そう思って。

なかなか起きるそぶりの無いオレに業を煮やした跡部は、

突然思いついたようにして鞄に閉まった携帯を取り出し、りょーちゃんに電話をかけていた。

何を話しているのか聞き取り辛かったけど、りょーちゃんにオレの迎えを頼んでいるようで。



凄くショックだった。



あとべはオレを置いて朝練に行っちゃうんだ。

朝練で忍足に会うつもりなんだ。

そんなの嫌だ・・・・・・・・・嫌だよっ!!



跡部は行っちゃった。


「オレは今から朝練に行くからな。お前、ちゃんと宍戸と一緒に学校来るんだぞ?」とか言って。



りょーちゃん。

オレ、分かってるつもりだけど。

でもやなの。傍に居てほしいの。

オレって、自己チュー?

りょーちゃんの言うように、跡部のこと困らせてるだけなの?





跡部が居なくなった部屋は。

それでも跡部の匂いだけは残ってて。それがすっごく淋しくて。

オレはやっぱり起きたくなくて、無理矢理目を瞑ってみたけれど、

変だね。眠気は全然やって来てくれなくて。

代わりに息を切らせたりょーちゃんがやって来た。


「おい、ジロー!!」


ズカズカと足音を立てて跡部の部屋に入ってきたりょーちゃんは

跡部のベッドに横になっているオレに怒鳴る。


「起きろ!起きろ!起きろーっ!!」


うっるさいなー。りょーちゃんは。


「お前のせいでわざわざ来る羽目になったんだぞ!!起きやがれっ!!」


りょーちゃんの姿を見なくても分かる。

何か分かんないけど、すっげー怒ってるC・・・・・・・


「すやすや寝やがって!!オレなんて朝から胸くそ気分悪ぃんだぞっ!?」


耳元で怒鳴るりょーちゃんに耐えられなくて、

オレは一つため息をしてからゆっくりと起き上がった。


「りょーちゃん、五月蝿いC。オレ、もう起きてるC」


「 !!! 」


むっすーとした顔でりょーちゃんを観れば、

オレが起きてるなんて思ってなかったんだろう、びっくりした顔をした。


「おまっ・・・・・・・寝た振りしてやがったのか!?」


「耳元で大声出さないでよ〜。頭に響いてチョー痛い〜」


両耳を押さえるようにしてりょーちゃんに抗議をしたら

りょーちゃんは口を噤んでそっぽを向いた。


「それが迎えに来てやった人間に対する態度かよっ」


「オレが頼んだわけじゃないCー」


りょーちゃんが見るからに不機嫌な顔をする。


「あぁ、そうだな。お前がオレに頼んだわけじゃねーもんな」


言い過ぎたかなとは思ったけど。

オレだって今日は気分が悪いんだ。

朝から跡部を取られてしまったんだ、他の誰でもない“忍足”に。

オレはうざったそうに髪をかき上げて、「はぁ」とため息を漏らした。


「だったら帰ってよー。オレ、今日は学校休むC」


「それはできない。オレはお前を学校に連れて行く。ズル休みはさせない」


「はぁ?いいじゃん別にー。りょーちゃんには関係無いCー」


不貞腐れたようにぼやくオレに向かって、ふんぞり返ってりょーちゃんは言う。


「お前には頼まれてねーけどな、跡部に頼まれたんだよ。だから責任持って連れてく」


「分かったら着替えろ!」と乱暴な動作でベッドから引っ張り出されて、

オレは無理矢理着替えさせられてしまった。

あぁ、もう。そうだった。

りょーちゃんてば、変に正義感とか強いんだった。

跡部に言われたことは、確かに文句は言うものの、結局はこなしちゃうんだよね。

それがりょーちゃん。

跡部もオレがズル休みしないように、りょーちゃんを呼んだに違いない。

オレの性格とりょーちゃんの性格、よく分かってるよねー、あとべって。



そのわりには。

オレやりょーちゃんの本心は分かってないみたいだけど。



口を尖らせて階下へのそのそと歩くオレの隣を、不機嫌そうな顔で歩くりょーちゃん。

うぅ〜。何か無駄に朝からイライラしたからお腹すいちゃった・・・・・・。


「りょーちゃん、お腹すいたぁ〜」


「オレに言うな。オレだって朝飯食ってねーんだからなっ」


あぁ。どうりでイライラしてるんだ、りょーちゃんてば。

でもそれってさ。


「・・・・そんなに急いで来てくれたの?」


チラと隣を歩くりょーちゃんを見てみると。


「・・・・・・・今すぐ来いって言われたからよ」


照れたようにそう言ったりょーちゃん。

もしかして。

オレのこと心配してくれてたの?


「りょーちゃん優C〜っ!」


何だか嬉しくなって、オレは勢いつけてりょーちゃんに抱きついた。


「バ、バカッ。放せっ!暑苦しいヤツだなっ!」


悪態をつきながらオレの手をひっぺがしてりょーちゃんは言う。

それが照れ隠しなの、オレは知ってるもんねー。


「だいたい跡部のヤツは何だって放っぽりだしやがるかな。ちゃんと面倒見ろっつの」


りょーちゃんの何気ない文句。



「・・・・・・それ、言わないで」


「あ?」


今朝のことを思い出してしまうから。



「・・・・オレが起きればよかっただけだC」


「・・・・・・・・・・・・・・・」


少し声のトーンが低かったせいか、りょーちゃんは何も言ってこなくなって、

それがりょーちゃんなりの優しさだって分かったから、何となくホッとした。

つくづく思うけど。


「りょーちゃんと幼馴染みでよかったかもー」


「・・・・・かもって何だよ。余計だろ、それは」


にこにこしながらバカみたいに大きい螺旋階段を下って

大きな風景画の飾られて綺麗な赤の絨毯がひかれている玄関ロビーまで行くと、

跡部の家の爺(跡部はそう呼んでる)、笹沼のおじさんが立っていてオレ達に軽く会釈をする。


「おじさん、おはー」


「あ。おはよー」


「おはようございます。朝食のご用意が済んでおりますのでこちらへ」


「え?」


朝食の用意って・・・・


「景吾坊っちゃまからのお言いつけでございます。さぁ、こちらへ」


品の良い仕草で笹沼のおじさんはダイニングへとオレ達を手招きする。

りょーちゃんは少し戸惑った様子で、


「朝食の用意って・・・・それ、オレの分まであるのかよ?」


「勿論でございます。圭吾坊っちゃまからも、そのような指示がありました」


「・・・・・・・・マジかよ。跡部のヤツ・・・・」


言葉に詰まるりょーちゃんの顔。

予想外だったのか、凄く驚いて、それから嬉しそうな表情を浮かべた。

跡部ってね、オレ達が思ってる以上にオレ達のことをトクベツに扱ってくれてるんだよね。それはよく分かる。

だって、そうじゃなかったらオレは勉強なんて見てもらえなかっただろうし、部屋で一緒になんて寝れない。

りょーちゃんだって朝ご飯なんて用意してもらえないよ。

それはオレ達が幼馴染みだから。


だけど。


オレはもうその関係のままでいいって。

それで充分満足なんだって。


そう、思えなくなってきたんだ。




アイツガアノコヲウバオウトシテイル。




「跡部のヤツ、変なトコはA型だよな、ホント」


嬉しそうにしているりょーちゃんを見つめながら、オレはまた昨日の言葉を思い出す。



“これからもずっと一緒って訳にはいかなくなるんだぜ?”



変わらなければいけないのかもしれない。

変わらなければ失ってしまうのかもしれない。


このままでいたら。

この先ずっと失ってしまうのかもしれない。




アイツハキケンダ。




「・・・・・・・・ねぇ、りょーちゃん」


「ん?どうしたよ、ジロー」


弾んだ声でオレに顔を向けるりょーちゃんに、オレはいつになく真面目な顔だったと思う。


「オレね・・・・・・」


「お二人とも!冷めてしまいますよっ。早くお召し上がりを」


言いかけた途端、笹沼のおじさんがダイニングの方からオレ達を呼んだ。


「おー!今行くぜー♪」


りょーちゃんも調子良く返事をする。


「で、何だっけ?」


「あー。うー・・・・また今度でいいや。今は早くご飯食べちゃおっ」


オレはにっこり笑顔でりょーちゃんの背中を押しつつ

笹沼のおじさんがいるダイニングへと足早に向かった。






りょーちゃん、あのね。

オレね。

りょーちゃんと同じように。



跡部のことが好きなんだ。













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