『宣戦布告』











お馴染みの車に送迎され、オレは颯爽とテニスコートへと向かう。

今日は少し曇り空。まさか雨でも降るのか、今日は・・・・・・・・

どんよりとした空をちらと眺めながら、オレは部室へと足を進める。

時計を見れば、朝練が始まるまでまだまだ時間がある。

恐らくはオレが一番乗りだろう。

そう思って悠々と正レギュラー専用個室のロッカールームへと手早く入ったオレは

「ちっ」と短く舌打ちをしてしまった。


「・・・・・・・・忍足のヤツ、もう来てるのか」


専用個室のプレート名「忍足侑士」のトコロには既に荷物が置かれていた。

部長として一番に朝練に顔を出さなくてはという責任感もあるオレ。

いつまならば向日と同時間程度に来るアイツが何故こんなに早くから朝練に勤しんでいるのか。

まさかわざわざ忍足のヤツが早く来たなんて知らないから、ただ変にイラついた。

それでなくても昨晩は電話を無視したことになっているんだし・・・・・・・。

「ガシャン」と勢いよく自身のロッカーを開けて荷物を入れる。

シャツを脱いでハンガーにかけた。そうしてジャージに着替える。


「おはよーさん」


入り口付近から感じの悪いイントネーションで声をかけられた。

これは紛れも無い・・・・・・・・


「・・・・・・忍足」


一人ラリーでもしていたのか、少し汗をかいている忍足は首にかけているタオルで頬の汗を拭った。

きちんとジャージを着終わったオレはゆっくりとロッカーを閉める。


「てめぇ、今日はやけに早いじゃねーの?あーん」


オレよりも長身の忍足は、長たらしい髪をかき上げる仕草をして「ニヤリ」と笑う。

それも少し見下ろすような感じで。

その雰囲気が気に入らなくて、ついオレも眉をしかめてしまった。


「何や。朝から機嫌悪いやんか、跡部」


当たり前だ。

お前のせいでジローは置き去りにしちまったし、宍戸にまで朝から電話する羽目になったんだからな。

忍足はラケットをくるりと回転させて脇に挟む。


「せやかて、オレもちょーっと気分滅入ってるんやけどなー」


「ははは」と癪に障る笑い方をしてオレを見つめる。


・・・・・・・・・それは昨日の電話のことを言っているのだろうか・・・・・。

とりあえずは用件を済ましてしまおうと思ったオレは、顔を逸らしながら忍足に言った。


「・・・・・・・・・・昨日の電話」


「あー。そやそや。オレ、跡部に電話したのにシカトされたんやっけ」


「・・・・・!!」


・・・・・・くそっ。やっぱりコイツ、そのこと根に持ってやがるなっ。

「ジロリ」と睨み上げてやったら、

忍足は大袈裟な仕草で「そんな睨まんとって。怖いやんか」と弱気な発言をする。

オレは少しため息を漏らしながら


「・・・・・・・・別にシカトしたわけじゃねぇ。気付かなかっただけで・・・・・・」


・・・・・・言い訳がましいか、これじゃ。

バツの悪い顔をするオレに、忍足が少し柔らかく笑った。

・・・・・・・・・・・・あれ?

コイツ、こんな笑い方するヤツだったか・・・・・・・?


「別にいいんや。オレの電話が気になって朝練もはよぅ来てくれたみたいやし」


「それだけでええわ」と忍足は嬉しそうに言う。

確かに忍足の言う通りだ。そのためにジローもそのままにして朝練に早くやってきたのだ。

オレは少し恥ずかしくなって横を向いた。


「・・・・・珍しいヤツからの電話だったしな。気分悪ぃだろ、用件も知らないまんまじゃ」


「おおきに、跡部」


そう言って、忍足はロッカールームに置いてあるベンチに腰掛ける。

な、何だよ、忍足のヤツ。

今日は変におとなしいじゃねーか。

何かまた企んでやがるんじゃねーだろーな?あーん?


「・・・・・で、何の用だったんだよ?」


忍足が少し考え込むような顔をする。


「・・・・・ん、ちょっとな・・・・・・オレ、悩んでんねん・・・・」


「悩む?ハッ、テメーがかよ?」


愛想笑いばっかのヤツが何を悩むんだ。

オレの冷たい反応に、忍足は「ひどいわー。ホンマに悩んでんのに」と批難の声をあげた。


「悩んで悩んで悩んだ挙句、跡部に電話して聞いてもらお思たんに・・・・・・」


忍足が寂しそうな顔をして俯く。

「岳人にも話してへんのにな・・・・・・・」そんな忍足の様子に、オレも少し焦った。

忍足は滅多にオレになぞ電話をしてこない。

そんな忍足が珍しく夜に電話をかけてきたんだ。

オレが思っている以上に忍足のヤツは悩んでいるのかもしれない。

だとしたら、オレは真面目に聞いてやらないといけないんじゃないだろうか。

ダブルスペアの向日にさえ言っていないのならば、余計にきちんと聞いてやらなくては。

一瞬でそう思ってしまうのは、恐らくは部長としての立場だろうか。


「・・・・・・・・話してみろよ」


いつのまにか腕組みをしてオレはロッカーに寄りかかる。

ベンチに座り込む忍足の表情は深刻そうに見えた。

「・・・・・・・・・・・オレな、いろいろ考えたんやけどな」


「・・・・・・・・・何だよ?」




「・・・・・・・オレ、シングルスになろ思てんのや・・・・・・」




「・・・・・・・・・は?」



意表を突かれた。

忍足がシングルスになる?

一体全体なんでそんなことを考えてしまったのか、コイツは。

呆然とするオレの前で尚も忍足は話し続ける。


「勿論オレはダブルスの人間や。それはよう分かっとる。けど、実力を・・・・・実力を知りたいねん」


そう言った忍足の瞳は強い信念が込められているような気がした。


「向日には・・・・・・・なんて説明すんだよ、お前」


「うーん。どないしょーかなー。実はまだそこまで考えてへんねん」


「ははは」と苦笑いを浮かべて忍足は頭をかいた。


「だいたいなんだって、そんなコトをオレに相談しやがるんだ」


オレよりも向日にまずは言うべき問題だろーが。そして監督に相談するべき内容だ。

オレに相談するようなことじゃない。

忍足が目を細めてオレを見つめる。


「・・・・・・・跡部なら、オレのこの気持ち、分かってくれるんやないか思て、な」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


忍足の言いたいことは・・・・・まぁ、分からなくも無い。

自分一人の実力や可能性を試してみたいと思うことは誰にだってある。

特に忍足くらいのプレイヤーならば、自分の実力を見出してみたいと思っても不思議ではないだろう。


「校内戦だけやのうて、他校ともマンツーで勝負してみたい思うんはワガママなんかなぁ・・・・」


「・・・・・・・・・・・別にワガママじゃねーだろ」


実際、オレだってその口だ。

だから敢えてダブルスは組まない。

・・・・・オレとダブルスを組めるほどのプレイヤーが氷帝にいないのも事実だけどな。


「お前、それをずっと悩んでたのかよ」


「・・・・・・ん、まぁなー。そやかて岳ちゃんに言うたら怒りそうやし」


・・・・・・・ま、まぁ向日の性格からすれば、駄々をこねそうではあるな。


「別にダブルスが嫌いゆーんやないし。不満あるわけでもないしなー」


ラケットを下に向けて、忍足は「はぁ」と長いため息をついた。


「でも、自分がシングルスやったらどんなプレイヤーなんかなーってコトは・・・・・よう思うんや」


「忍足・・・・・・・・・・」


何だよ、コイツ。

チャラチャラしてるだけでテニスには全然真剣じゃねぇって思ってたのに、

意外にもテニスのことを考えてるんじゃねーの。

忍足の何気なく呟く一言一言に、オレは徐々に忍足自身を見直し始める。

予想外だな。・・・・・予想外だよ、ホントに。


「まー他にもそう思た動機がないわけでもないんよー」


「・・・・・・実力を知りたい以外に何かあるのかよ?」


嬉しそうな顔をした忍足が徐に立ち上がって、オレに近付いて来る。

そうして少し屈むようにしてオレの耳元でそっと囁いた。


「シングルスやったら跡部と一緒に練習できるやん?」


「・・・・はぁ?」


訳の分からない忍足の発言に間抜けな声を発してしまった。

何考えてやがんだ、コイツは・・・・・・

呆れ顔のオレに、忍足は「ニヤリ」と嫌な笑みを浮かべて


「ダブルスやとな、部活中は跡部に全然近づかれへんねんて」


「・・・・・・・オレに近づいてどーすんだよ。オレの技でも盗む気か?あーん?」


「ちゃうちゃう。そうやないて」


忍足は苦笑する。

そうしてもう一度オレの耳元に顔を近づけて


「もっともっと跡部と仲良うしたいんよ、オレ」


「は?」


ますます素っ頓狂な声が出た。

オレと仲良くしたい??

何だ、それ??

仲良くしてどーすんだ、忍足のヤツ。

先程まで「自分の可能性を知りたい」と熱く語っていた忍足は幻だったのか。

・・・・・・前言撤回だな。コイツ、やっぱりチャラチャラしてやがる。


「・・・・お前の話を真面目に聞いてたオレが馬鹿だった」


「えー?なんでー?」


「・・・・・・どけ。朝練の時間だ」


近くにある忍足の体を押して退かせようとしたものの、オレに張り合ってか忍足は退こうとしない。

眉をひそめて睨んでやったが、忍足は涼しい顔でオレのことを見下ろしている。

ロッカーと忍足の体に挟まれるような状況で、何だか気に入らない。

気付けばまたこんなにも顔が近づいている。

オレに寄りかかるようにして重心を倒し、忍足はオレの頭上に片手を添える。


「・・・・てめぇ、近ぇんだよ」


息がかかるほどの距離とは、たぶんこの距離を言うのだろう。

この距離は落ち着かない。

入ってくるな。


「それいつも言うやんなー、跡部。そないオレのこと意識してるん?」


「クツクツ」とくぐもった笑い方をする忍足は、それでも離れようとはしない。


「・・・・っつ。誰が意識なんかするか、バーカ」


いつもの悪態をついてみたが、内心はそれどころじゃなかった。

忍足が近付いてくると何故か変な感じになって落ち着かなくなる。

ソワソワする。

コイツの顔を直視できなくなる。

この距離感は苦手なんだ。・・・・・くそっ。コイツ、ぜってーわざとやってるなっ。

このオレをからかおうなんざ、いい度胸してるじゃねーの。


「退けよっ」


「退かへん」


忍足の即答にカチンとくる。


「退けっつってんだろーがっ!」


心臓がジクジクする。

何だ、この感じは。


「そやから退きたないねんて」


涼しい顔をして忍足は更にオレに近付いてくる。

忍足の黒い瞳がオレを真っ直ぐに見つめる。

心臓が変な感じ。

バクバクいっている。

目の前の忍足が不敵な笑みを浮かべてドキリとした。


「跡部、顔赤なってるで?」


「 !! 」


忍足の指摘にカッと体温が熱くなったのが分かった。


「〜〜〜〜っ。五月蝿ぇっ!!」


込み上げてくる恥ずかしさは何なのか。

オレはもう容赦なく忍足を「ドンッ!」と両手で突き飛ばしてやった。


「痛っ」


気を抜いていた忍足はよろけて後ろにあったベンチに倒れこむ。

ようやく忍足から解放されたオレは急いでロッカールームの入り口へと足を向けた。


その拍子。



「うわっ!」


「!!跡部危なっ・・・・!!」



床に転がっていたボール。

足元も見ずにいたオレは勢いよく踏んづけてしまった。

ボールに足を取られて、ぐらりと体が後ろに傾く。


後はもうスローモーションのようだった。

黄色いボールが視界を横切る。

天井が映し出される。


ゴチリと床に思いっきり後頭部を叩きつけるっ・・・・・!!


そう思った時、すってんと転ぶところだったオレに忍足が咄嗟に向かってきた。

そして後ろから庇うようにしてオレを支えた。

けれど勢いがあり過ぎたためか、結局支えきれずに二人してど派手な音を立てて崩れ落ちた。



黄色いボールが「ポーンポーン」と軽い音を立てて転がっていく。


「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜・・・・・・・いって・・・・・」


腰を強打してしまったらしい、ズキズキと痛む腰をさすりながらオレはゆっくりと起き上がる。


「いたたたたた・・・・・・派手に転び過ぎやて、跡部」


後方から声が聞こえて「ムッ」として振り返った。

元はと言えば、テメーが退かなかったから悪ぃんだろーがよっ!!


「あぁ、何だと!?だいたいなーっ・・・・・・・!!」


怒鳴ってやろうと思ったオレは息を呑んだ。

忍足のヤツはロッカーに頭を強打したらしい。

後頭部を抑えながら少し涙目になっている。

少し遠くには忍足の眼鏡が落ちているのが見えた。



初めてだったかもしれない。

こんな近くで眼鏡をかけていない忍足の顔を見るのは。


何だよ。

コイツ、眼鏡がないとこんな顔なのか・・・・・・

ドキドキする・・・・・心臓が・・・・・・・・・


「足元よう見んと慌てるからやでー、ほんま」


「あー頭打ったわー。ズキズキする」と忍足は愚痴を零した。

オレの頬がかぁっと紅くなる。


「だったらオレのことなんて庇わなきゃいいだろーがよっ!」


「そやかて体が勝手に動いてしもたんやもん」


心臓がバクバクしてる。

この状況はマズイ。

何か分かんねーけど、心臓にすっげー悪ぃ。

オレは腰を打ったことも忘れて素早く立ち上がった。


「もういいっ!オレは朝練に行ってくる!!」


「え、あ、ちょっ。跡部!?」


驚いた声をあげる忍足をシカトして、今度は足元を見てからドアを開ける。


「待ちーって、跡部っ」


尚もしつこく忍足が声をかけてくる。


「何だよ!?」


振り返ってぶっきらぼうに言葉を投げつけてやったら。


「ラケット。忘れてるで」


「・・・・・・・・!!」


オレ愛用のラケットを指差す忍足。

「慌て過ぎやって」と苦笑までしてきて。

体がかぁっと熱くなった。

早歩きで室内に戻り手早くラケットを引っ掴んだオレはクスクス笑う忍足を無視して、

ドアを叩きつけるようにして思いっきり閉めてやった。


閉めたドアの向こうで、忍足が含み笑いをしていることにも気付かずに。







ようやくテニスコートまで歩いてきたオレは、腰の痛みに顔を歪めてしゃがみ込むことになる。

そんなオレの様子に気付いたのは、それから5分も経たずに朝練に顔を出した鳳だった。













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