『宣戦布告』











朝練に顔を出したら長太郎からトンデモナイコトを聞かされた。




ジローを迎えに行って、何気なく用意されていた朝飯に機嫌もよくなったオレは。

駄々をこねるジローを引っ張るようにして朝練へと顔を出した。

勿論、ジローのおかげで朝練の時間には間に合ってなどいない。

長太郎に悪いことをしたと胸が痛みつつ、それでも最後の方だけでも顔を出しておいて

長太郎に謝罪しておこうと思った。勿論まだ部室に残っていたらの話だ。

いくら跡部がその理由を知っていたとしても、長太郎は知らないわけだから

説明しておく方が無難だろう。

嫌がるジローも当然引き連れて。

オレが朝練に遅れた(というか出れなかった)原因でもあるジローなのだから

引きずってでも連れて行くつもりだったのだが。

時計は既に朝練終了時刻から10分は経過していた。

誰か残ってくれてるといいんだけどよー・・・・・・・

部室のドアを控えめに開けて覗き込む。

首根っこを捕まれているジローは終始膨れっ面ではあるけれど。


「ねーりょーちゃん、もう行こうよー。皆教室に戻ったってばー」


「バーカ!元はといえばお前が駄々をこねるから出れなかったんだろーがっ!」


振り向いて、ジローをたしなめてやった。

だけどジローも減らず口を叩いてくる。


「だって朝練なんて出たってしょーがないじゃんっ。寝てる方がいいC」


「お前なー!そんなこと言ってっとマジでレギュラーから外されんぞ!?」


「オレは大丈夫だもーん。あとべが助けてくれるからー」


・・・・・・・・・出たよ、その発言。またそれか、お前は。

昨日の跡部の“ジローはトクベツ”発言といい、

跡部はジローのことを本当に甘やかし過ぎなんだ。全く。

ぷいっと顔を逸らすジローと口論していても仕方ない。

今は部室に誰か残っていないかを調べる方が先決だ。

首根っこを持たれているジローがバタバタと暴れ出す。


「りょーちゃん一人で行けばいいじゃん!オレ帰る〜っ!」


「こらっ、暴れんな!跡部に言われただろ!?サボりは許さんっ!!」


「やだーやだー!りょーちゃんのあほー!」


・・・・・・・・・・・ムッカ。

ジタバタと暴れるジローを押さえ込み、

有無を言わさずオレは部室のドアを勢いよく開け放った。


「あ、し、宍戸さんっ!」


着替え終わって、ロッカーをパタリと閉める長太郎が視界に入った。


「お、長太郎かっ。ちょうどよかった。もう教室戻ったのかと思ってたぜ」


他には・・・・・・やっぱいねーか。

長太郎はどうやら跡部から部室のドアの鍵閉めを頼まれているようで、手には部室の鍵を持っていた。

・・・・・・・・変だな。いつもなら跡部の役目なのに・・・・・・・・。

ちらっと部室内を見回すオレに長太郎が苦笑する。


「部長なら今は保健室ですよ?」


「保健室だ?」


「はい。なんで、オレが鍵を閉めるよう頼まれて・・・・・・」


あぁ、何だ。そうなんだ。

でも、なんで跡部のヤツが保健室に・・・・・・?

長太郎だけでもいてくれたことにとりあえず「ホッ」と胸を撫で下ろすオレの後ろで、

ジローはキョロキョロと室内を覗き込んで安心したような顔をした。

「よかった・・・・・・いないや・・・・・・」と独り言のように呟くジロー。

・・・・・・・ジロー?

首を傾げるオレに、長太郎は荷物を持ち上げて話し掛けてきた。


「宍戸さん、今日は朝練遅れましたけど、何かあったんですか?」


「・・・・ん。っと、悪ぃ。ジローのお守り頼まれててさ」


オレの発言にジローが眉を寄せる。


「お守りじゃないC!オレはいいって言ったのに、無理矢理りょーちゃんが・・・・・」


「あーもー黙れ!!跡部に言われたんだから仕方ねーだろ!?」


怒鳴ってやったらますます頬を膨らませてジローは「ぷいっ」と顔を逸らした。

ったく。何でコイツ、こんなに言うこと聞かないんだよ。激疲れるぜっ。

長太郎はオレ達のやりとりを苦笑して眺めている。


「そうでしたか。それじゃあ部長も理由を知ってるんですね」


「ん、まぁな」


オレにジローの世話を押し付けてきた張本人だからな。


「もういいじゃん。教室帰ろーよー」


ふて腐れたように言うジローの首根っこは未だ放してあげていない。

それがまた気に食わないらしい。

・・・・・ちくしょー。オレだってこんな世話係なんて嫌だっつの。


「あぁ、そうだっ」


長太郎が何かを思い出したように声を発した。


「宍戸さん、宍戸さん」


肩をぽんぽんと叩かれて、オレは長太郎へと振り返る。


「何だよ、長太郎」


オレより長身のおかげで見上げるような状態になってしまうのが何とも如何し難いのだが。


「あの・・・・・部長のことで思い出したんですけど・・・・・・」


声を潜めるようにして長太郎がオレとジローの顔を交互に見つめる。


「何だよ?何かあったのか?」


「ええと・・・・・はい・・・・・」


その目は何かに困惑しているような色を含んでいた。

視線を少しオドオドとさせて。


「何があったんだよ?」


「ええと・・・・・・・・・」


長太郎が様子を覗うようにオレとジローを見つめる。

そんな長太郎の態度に眉をひそめずにはいられなかった。


「何だよ?何躊躇してんだ?」


呼び止めておいて、なかなか話そうとしない長太郎。

でも覚悟を決めたのか、ひっそりとした声でオレ達に言ってきた。


「オレが今日の朝練に顔を出した時のことなんですけど・・・・・・・」


そう言ってまた、ちらちらと辺りを気にする長太郎。


「で、何だよ?」


「ええと・・・・その・・・・跡部さん、腰を痛めていて・・・・・・」


「は?腰だぁ?」


素っ頓狂な声を出していた。

跡部のヤロー。

オレ達には、怪我なんてするのはアスリートにあるまじきだ何だと言っておきながら

自分は腰痛かよ。激だっせーじゃん。何だ、アイツ。

それでジローの世話をオレに頼んだのか?


「それで・・・・・おかしいなって思ったんです」


「何が?」


今度はジローが長太郎に聞き返した。


「だって、部長。いつもより早く朝練に顔を出してて・・・・・・」


ジローの肩が「ピクリ」と揺れる。

その顔は何かを不安に思っているような表情で。

・・・・・・・ジロー?


「それで・・・・その・・・・・部室には忍足先輩がいて・・・・・・」


「・・・・・・だからどうしたよ?」


長太郎が何を言いたいのかが分からなくて、オレは少しイライラした。


「つまり・・・・・・・あんなに朝早くから二人でいるなんて・・・・・変だなって・・・・・」


何が変なんだろうか。

忍足だって、跡部だって朝練にはきちんと参加するヤツらじゃねーか。

忍足はどうだか知らねーけど、跡部はテニス馬鹿なんだし。

朝早く二人でいるのがどう変なんだよ?

回転の鈍いオレの頭では理解できなかった事柄を、ジローは素早く見抜いたようだった。


「それって・・・・・・ホントに?ホントに二人だけで?」


長太郎に何度も念押しをするジロー。


「えぇ、はい。・・・・・オレが来たときにはコートで部長がうずくまってて・・・・・」


な、何だよ。

なんで、二人は会話が成り立ってんだよ??


「それで・・・・その・・・・・部長は“転んで腰を打った”って言ってるんですけど・・・・・・」


ジローがますます深刻な顔をする。

オレにはチンプンカンプンな話だ。

オレだけ取り残されたような気分で面白くない。


「おいおいおい。待てよ、長太郎。だからお前は何が言いたいんだよ?」


イライラを隠し切れずにそう詰め寄ってやったら。

長太郎は口に手を当て少し間を置いてからポツリと。




「部長、忍足先輩と遂にヤッちゃったんじゃないかって」




オレの思考回路は暫く停止した。





「長太郎・・・・・おま・・・・・何を・・・・・・・」


震える唇がやっとこさそれだけを言えた。

ヤッちゃったって。

お前、それ・・・・・・・・・・・・・・

長太郎は顔を見る見る真っ赤にして慌て始める。


「だ、だって!!朝早くから二人っきりですよ!?おまけに部長は腰を押さえてるし・・・・・」


「ばばばばばばばば馬鹿言えっ!!何つーこと言うんだ、お前はっ!!」


「だって朝練終わった後も、部長、忍足先輩に目を合わせようとしなかったですし!顔赤くてっ」


オレも長太郎と同じように真っ赤になって力いっぱいに否定した。


「んな訳ないだろーが!!跡部は転んで腰を打ったって言ってたんだろ!?」


自分でも驚くほどの怒鳴り声をあげていた。

何だ・・・・・・

なんでオレは怒ってるんだ・・・・・・?

胸がざわざわしてくる・・・・・・・・


「で、でも・・・・・・・・」


「本人がそう言ってるなら、それが真実だろーがよっ!」


思いつきでとんでもないこと言いやがって・・・・・

って。

まさかとは思うけど・・・・・・・

ふっと浮かんだ考えにオレは内心冷や汗をかく。


「まさか、他のヤツにもそんなこと言ったんじゃねーだろーな、長太郎!?」


跡部のことを、こんな根も葉もない狂言で貶されるなんてたまったもんじゃねぇっ。

物凄い剣幕で長太郎を凄んで睨み上げるオレに、

長太郎はブンブンと首がとれてしまうのではないかという位に首を横に振る。


「そんなことしてませんっ!!宍戸さんと芥川先輩に言っただけで・・・・・」


「もう充分だっ!!他のヤツに言うんじゃねーぞ!?分かったな!?」


「え。あ、はいっ。勿論ですっ」


長太郎はホントに何つーことを言い出すんだ。

跡部が忍足と?

んなこと、どう考えたら思いつくんだよ!?

アホかっ!!!


「寝言は寝て言えっ!!激くだんねぇっ!!」


「で、でもっ・・・・!」


パニックになるオレと「でも」を繰り返す長太郎。

そんなオレ達を黙らせたのはジローだった。


「あとべがおっしーに用があったのは事実だよ」


「あぁ!?」


振り返る先に静かに立つジロー。

いつのまにか、首根っこを掴んでいた手を放してしまっていた。


「だからあとべは、いつもより早く朝練に行ったんだ。・・・・・・・・オレを置いてまで」


どこか遠くを寂しそうに見つめながらジローは静かに言う。


「あとべに聞いたって、本当のことなんて言うかな」


ジローの淀んだ瞳がオレを射抜いた。


「そ、それは・・・・・・・・・」


ジローの強い眼差しから、自然と目を逸らす。


「けど、おかしいだろ?男同士だぜ?激有り得ねーし・・・・・・」


「でも変なんです。腰を痛めるなんて・・・・どこでどうやって転ぶんですか、あの部長が」


長太郎の言いたいことも何となく分かった。

跡部が転ぶとしても、腰を打つには後ろのめりになる必要がある。

そんな転び方、普通につまずくだけじゃ無理な体勢だ。

でもだからって。

なんで跡部と忍足がそういう関係になるんだよ!?

男同士だぞ!?激有り得ないだろ!!


「おかしいぞ、んなこと!なんだってお前ら二人はそういう考えに・・・・・」


長太郎がジローに目配せをする。

ジローはふっと顔を伏せた。

小さく息を吐いた長太郎がオレへと視線を向ける。

な、何だよ。

二人して何アイコンタクトなんてしてるんだよ・・・・。


「宍戸さん。もしかして気付かないんですか?」


「あ?」



「忍足先輩・・・・・部長のこと狙ってるんですよ?」



「・・・・・・・・・・・・・・・・は?」




長太郎はオレの思考回路を停止させるのが実にうまい。

オレはもう絶句した。

狙うってつまりアレか?

忍足はつまり。

跡部のことを・・・・・・

そういう意味で、好きって・・・・・

そういう・・・・・・ことか・・・・・・・・?


「はぁ!?マジで有り得ねーし!両方とも男だぞ!?分かって言ってんのかよ、お前ら!!」


「何が有り得ないの?」


ジローの落ち着き払ったような声。


「男同士が有り得ない?」


「当たり前だろっ。常識的に考えて有り得ないだろっ!男と男だぞ!?」




「りょーちゃんはあとべのこと好きなのに?」




「・・・・・・・・・!!」



ジローの鋭い瞳がじっとオレを見つめる。

オレは固まった。

長太郎はどうしたらいいものやらとオレとジローの間でオロオロとしていて。


「・・・・・もう話になんねぇっ!!」


オレはそう吐き捨てるや否や、ジローを押してその場を立ち去ろうと踵を返した。


「逃げるの?」


ジローの冷たい響きが後ろから聞こえて、足が止まった。

逃げるって何だ。

なんでオレが逃げなきゃなんない?何から?何から逃げるんだよ?

胸がざわざわと鳴る。

ぐっと唇を噛んで感情をやり過ごしてから、


「・・・・・・・・ジローも長太郎も、どっか頭がおかしいんじゃねーのか?」


振り返らずに言葉を叩きつけて、オレは走り出した。







長太郎もジローも頭のネジが一本取れちまったんじゃねーか?

あんなおかしいこと言うなんて。

忍足と跡部が?

ふざけんなっ。そんなわけねーだろーがよっ!!

ばっかじゃねーの、アイツらっ!!

ずんずんと部室から遠ざかっていくオレ。


「跡部自身が腰を打ったって言ってんだろーがっ。なんで信じねーんだよ・・・・っ!」


ぎりっと唇をかみ締めた。

確かに忍足はやたらと跡部にちょっかいは出していた。

だけど。

狙うだとかヤッちゃっただとか、そんなこと・・・・・・・


「・・・・・・・くっそ。マジでムカつく。何だよ、これ・・・・・・・」


イライラする。

跡部が忍足と・・・・・・・って、そう考えるだけで気がおかしくなりそうだ。

そんなわけがない。

あるわけがない。

だって、あの跡部だぞ?

あの跡部が、忍足なんかに自分のことを触らせるはずがないだろっ。

そんなこと、許してしまうはずがないだろっ。


「オレだって・・・・・そんなことしたことないんだぞ・・・・・・・・」


ぼそっと零れた言葉にハッとして立ち止まった。


「・・・・・・・・何・・・・・・・言ってんだよ、オレは・・・・・」


今の発言は。

まるでオレも跡部としたいと思ってるみたいじゃねーか。


「・・・・・・・んなわけあるかよ。気持ち悪ぃっ」


ジローの言葉が甦る。




“りょーちゃんはあとべのこと好きなのに?”




「・・・・っざけんな。昨日も同じコトを言いやがって・・・・・・」


昨日の夜だって考えていた。

オレが跡部を好きなのかどうかだなんて。

答えは出なかった。

けれど、それでいいとどこかホッとしていたのに。

もう考えるつもりもなかったことなのに。


「・・・・・・・・・・くっそ。なんでこんなに気分悪ぃんだよ・・・・・・・」


グシャグシャと頭を掻き毟って、

自分の頭の中から今しがた聞いた長太郎の話を忘れようと試みる。

だけど、そんなことで消えてくれるはずもない。

オレはぐっと拳を握り締めてキッと睨みつける。


「・・・・オレは。オレは信じねぇっ!信じるもんかっ!!」


まるで自分に言い聞かせるように大声を発した。けれど。

信じるとは言ってみたものの、

“まさか”という考えがオレを支配していたのは間違いなかった。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・くそっ」


・・・・・・・・そうだ。

跡部本人に直接聞けばいいんだ。

それで跡部の疑いも晴れる。


オレは方向を変えて、そのまま保健室へと向かった。




結局は、急遽浮上した二人の関係にオレは戸惑いを隠し切れなかったのだ。













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