『受難』









青天のヘキレキ。

と、一言では片付けられないようなデキゴト。

まさかそんなコトが、まさかまさかオレの身に降りかかってくるなんて。

誰が予想できただろうか。

否、誰も予想できなかったに違いない。








空は晴れていた。

それはいつものように。

朝練も普段と変わりなかった。

ロードワークだっていつもと同じ。

テニスコートには、氷帝テニス部きっての名ダブルスが

お互いに向かい合って簡単な打ち込みを行っていた。

サーブを打ってレシーブして、ロブを打ったりスマッシュを決めたり。

それは本当に何の変哲も無い朝練の風景で。

オレはそんなレギュラー部員の練習風景を見ながら、それぞれの今日の体調を把握していた。

宍戸のヤツは今日も快調だな、とか。

忍足はどうも乗り気じゃねーな、とか。

鳳はコントロールがまだまだなんだよな、とか。

向日は・・・・・・ありゃスタミナが足りない、とか。

そうやって観察していたら、いつものように双方のダブルスは練習を終えていて、

そこでオレが部長として一言二言アドバイスをしてやったりするのだ。

今日だって昨日と同じようにそうしてやろうと思っていた。

タオルで汗を拭う忍足をまずは一睨みしてから「渇」を入れてやろうと。

そう思った矢先に。

それは唐突に起こった。


「部長!」


呼びかけられてオレは振り向く。

そこには鳳が立っていた。

打ち合いをしていたせいか、頬が少し紅くなって肩を上下させて息をしている。


「あーん?何だ?」


いつものように聞き返すオレ。

けれど、鳳の発した次の言葉はオレを凍らせることになる。




「部長・・・・・・オレ・・・・・・部長が好きです」




「は?」


鳳はラケットをぎゅっと握って、真っ直ぐにオレを見つめてくる。



「オレ、部長のこと、ずっと前から好きだったんです」



日吉が飲んでいたスポーツドリンクを勢いよくふき出した。

一瞬何を言っているのか分からなかった。

開いた口は塞がらないし、頭も理解していない。

それはその場にいたテニス部全員がそうだったに違いない。

その場の空気が全部止まった。

向日は持っていたラケットを落としたし、

忍足も馬鹿みたいに口を開けていたし、

宍戸は鳳を凝視したまま動かない。

ただ、ジローだけは眠ったままで。

「こんなこと言って困らせてしまってすいません」と鳳はオレの前で頭を垂れる。


「でも・・・・・オレ、本気で部長のことが好きなんです」


ざわつく部員達。

萩之介は萩之介で何かを考え込んでいて。

潤んだような懇願したような瞳でオレを見つめてくる鳳。


「部長・・・・部長はどう、思ってますか?オレのこと・・・・・」


聞いてくる鳳の声は涙声だ。


「・・・・・・お、鳳」


何とか、それだけが声に出せていた。


「は、はい」


「・・・・・・・お前、大丈夫か?」


そう言うのがやっとだった。

鳳は一年の頃から熱心にテニスに励んでいたし、だからこそレギュラーにもなれたわけで。

鳳の取り柄は真面目なところだと思っていた。

だから、今の発言も「今日の朝練で熱中症にでもなったのか」とおかしな心配までしてしまう始末に。

最初、何をぶっ飛んだ冗談を言っているんだと、そう思った。


「・・・・・・・何の冗談だ、それは」


「冗談なんかじゃありません。オレは・・・・・オレは本気で告白してるんです」


こ。

告白・・・・・!?

鳳の返事に、オレはもう絶句した。

告白とは、恋する相手に自分の気持ちを打ち明ける、あの告白のことを言っているのだろうか。

鳳の目は真剣そのもので、「好きだ」と繰り返すたびに唇が震えている。

恋する乙女のように頬を紅く染めていて。

それでもオレから視線を放そうとしない鳳に、オレは頭の中が真っ白になって、

「青天のヘキレキってこういうことなのかなぁ」とか、現実逃避を起こし始めていた。


「部長、オレ、もう我慢できなくって・・・・・・」


「ちょ、ちょっと待て、鳳」


泣き出しそうな顔をする鳳に慌てて静止の言葉をかける。

思考回路が付いていかない。

誰だ、鳳にこんな罰ゲームをさせたのは。

周囲を見渡してまず目に飛び込んできたのは忍足だった。

そうだ。

こんなことを後輩にさせるヤツなんて、忍足以外にいない・・・・っ!!


「おい、忍足!」


「・・・・え、あ、な、何やの?跡部」


オレは、惚けている忍足を物凄い形相で睨んでいたに違いない。


「真面目な鳳に、なんて罰ゲームさせやがんだ、てめぇっ!!」


そう言って忍足に凄みながら、胸元を掴み上げてやった。


「え!?ちょ、待って!?オレ、関係あれへんてっ!」


「嘘をつけ!この二枚舌っ!!」


「ちゃうって!ホンマに!」


もう誰でもよかった。

この際、鳳が元に戻ってくれるならと。

慌てる忍足にメンチを切るオレ。

後ろから鳳が慌ててオレの手をとった。


「ま、待って下さい、部長!」


「えぇい!こんなヤツをかばうな、鳳っ!!今からコイツをぶん殴ってやるからっ!」


「違うんです、部長っ!!」


はっきりと言い放つ鳳に「ビクッ」とオレの肩がひくついた。


「罰ゲームとか冗談とかじゃないんですっ!オレは誰からも指図なんてされてませんっ」


「じゃあ・・・・・じゃあからかってるのか?」


「違いますっ!!」


キッパリと否定する鳳に、オレは少したじろいで見上げた。

鳳が切なそうにオレを見下ろす。




「オレ、本気で部長に恋してるんですっ」




もう決定的だった。




鳳はオレに恋をしているんだそうだ。

そうかそうか。

オレにコイ・・・・・・・・


ゆっくりと忍足の胸元から手を放して、目を瞑った。

鳳が何かを期待しているような瞳を向けてくる。

周囲もざわつきを隠せない。

右手を高く挙げて「パチン」と指を鳴らしてみせた。

途端、静寂に包まれる我等が氷帝テニス部のテニスコート。


「樺地」


「・・・・・ウス」


静かにオレへと歩み寄る樺地の手には既にカバンが。

オレはこくりと一度頷いてから


「今日はもう解散っ!!」


とだけ叫んで、ざわざわとする部員を無視して逃げるようにして立ち去る。

後方からは鳳の「え!?部長!?」という嘆きにも似た驚きの声。

だけど振り向かずに颯爽と爽やかに退散してやったのだった。

今日の放課後にはきっと昨日と同じ時間がやってきてくれるに違いない。

これは夢だ。

そう思いながら。





けれど、オレの現実逃避はそう長くは続かなかったのだ。













ブラウザバック





SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送