『受難』









落ち着け、落ち着くんだ。

これは、ほら、何かの間違いなんだ。

夢か何かなんだ。

だって、相手はあの鳳。

一年の頃から必死にテニスをやってきた後輩で。

それはそれは可愛い後輩で。

オレのことを「部長」と言って慕ってくれる後輩で。

そう。

だから、今朝の朝練での出来事はきっと聞き間違いか何かなんだ。

鳳だけではなく、オレ自身も疲れが溜まっているんだ。

あんな幻聴を聞いてしまうなんて。

そうだ。そうだよ。

これはオレの疲労も原因なんだ。

そう、だから、ほら。アレだ。アレ・・・・・・





「部長?どうしたんです?」


頭を抱え込むようにして苦悩するオレに、屈託の無い笑顔を向けてくる人間。

それはそれはもう可愛い後輩の姿に違いないのだが・・・・・・・

オレは、徐に顔を上げてちらと横を見つめる。

小首を傾げるその仕草はまるで体の大きさに見合わず小動物のようだ。


「・・・・・・・・・鳳」


小さく零したオレの言葉に「ぴくん」と反応を返す鳳。

「何?何?」と聞き返してきそうなほどに目を輝かせている。

その姿は差し詰め・・・・・・・大型犬。

傍目から見ていれば、それはただ苦笑してしまうだけなのだが。

オレは深くため息をついた。


「・・・・・・・お前、今が何の時間なのか分かってるのか?」


きょとんとする鳳。

・・・・・・いや、待て。

なんでお前がそんな不思議そうな顔をするんだ。

これじゃあ、まるでオレの方がおかしなことを言ってるみてぇじゃねーの。


「ええっと・・・・・・授業開始時刻・・・・・・ですよね・・・・・?」


「それが一体?」とまたもや小首を傾げて、鳳はオレを見つめる。

そう、なのだ。

鳳の言うように、今はもう授業時間中なのだ。

正確に言うと、授業が始まる直前、と言ったところか。

オレは三年。鳳は二年。勿論クラスが同じ筈も無い。

そんなこと、当たり前のことだ。

なのに・・・・・・・・・・・


「なんでお前、ココにいるんだよ?」


何がどうなってこうなったのか、訳が分からない。

“ココ”というのはつまりはオレのクラス。

そう、鳳は何故か三年のクラスに、それはもう堂々と入り込んで

オレの横に立っているのだ。

鳳が目をパチクリとさせる。


「授業始まっちまうだろ、早く自分の教室に帰れ」


そう言いながら鳳の背中を押して教室のドアへと押しやってやる。

クラスメイト達は珍しいものでも見るかのように、オレと鳳を遠くから見物していて。

実際珍しいことこの上ないのだ。

二年が三年の教室内にズカズカと入り込んでいる、今のこの状況は。


「お前は一体何考えてるんだ?三年の教室に上がり込んでくるなんてっ」


叱責したつもりだったのに、鳳がくるりと顔を向けて言い放った。


「何考えてるって・・・・・そんなの決まってるじゃないですか」


「心外だ」とでもいうような表情でオレを真っ直ぐに見つめて。




「部長のことですよ」




鳳の背中を押していた手が止まった。

その場の空気も止まった。


・・・・・・またか、お前・・・・・・・・

背中に変な汗が流れていくのが分かった。

夢であると思い込もうとしていたのに。

全てはオレの疲労のせいなのだろうと考えようとしていたのに。

お前はオレを慕ってくれる可愛い後輩だと思い直そうとしていたってゆーのにっ!

なんだって、お前はオレの好意を無にしやがるんだ・・・・・っ!!

当然だと言わんばかりの顔つきで尚も鳳は食い下がってくる。


「今のオレには、授業よりも部長のコトの方が大事なんですっ」


周囲がざわつく。

血の気が引く予感がした。

・・・・・あぁ、もう・・・・・・

勘弁してくれ。

オレは偏頭痛でも起こったかのように頭に手を当てる。

わなわなと震える唇から、それでも何か言わなければいけないと思ってしまう。

鳳の目が覚めるのであれば。

可愛い後輩に戻ってくれるのであれば。

今、オレは何だってしてやろうと思う。鳳の為に。


「・・・・・・・・大声で変なこと言うんじゃねぇ」


頼むから。

もう静かに自分の教室へ帰ってくれ。ホントに。


「朝練の時だけに懲りず、こんなトコロでも・・・・・・てめぇは馬鹿か」


怒鳴ろうにも、呆れてそれどころではなかった。

鳳がオレへと向きを変えて、ぐっと見つめてくる。


「オレ、まだ聞いてないんですっ」


周囲がざわざわとオレ達のやりとりを見守るようにして囲む。

・・・・・・勘弁してくれ。

今朝の出来事はもう夢か何かにしておきたいんだ。

頼むから。

もうオレを硬直させるような真似だけは・・・・・・・


「部長はオレのこと、どう想ってるんですかっ?」


オレ達を取り囲む観衆から大きなどよめきが聞こえた。

あぁ、何だろうな・・・・・・

鳳。オレ、意識が遠のいてきたよ・・・・・・・・


「オレはちゃんと告白したのに・・・・・・」


ざわざわとなり出すクラスメイト達。オレと鳳を交互に見ながら。


「ちゃんと好きだって・・・・・そう言ったのに・・・・・・」


一気にクラスメイト達の目がオレ達へと釘付けになる。

鳳が唇を噛んで顔を背けた。

頬はいつしか紅くなっていて、目も潤んで。

オレはもう貧血でぶっ倒れそうだ。

凄いな、こんなことで人間は貧血になれるんだ。

思考回路がまたしてもおかしなことを考え始めている。

狂っている。

何かがおかしい方向へと。

昨日まであんなにまともだった鳳なのに。

昨日までよく懐いてくれている後輩の一人だった鳳なのに。

オレは一体どうすればいいんだ。

一体どうすれば・・・・・・・


「なのに、ぶちょ・・・・「えぇい、黙れっ!!」


咄嗟に怒鳴って、鳳の口を両手で封じ込んでやった。

もがもがとさせている鳳を無理矢理ギャラリーを掻き分け廊下へと連れ出す。

その時のオレは、今までにないくらいの必死の形相だっただろう。

クラスメイトの痛いほどの視線を背に受けながら、オレは振り返ることなく

暴れる鳳を階段の傍まで力でめいっぱいに引っ張り出した。

もう、何も言わないでほしかったのに・・・・!!


「自分の教室へ帰れ!!」


背中を勢いよく押してやる。

もう、自分でも顔をあげて鳳の顔を見てやれない。


「部長、でも、オレはまだ・・・・・・」


「同じコトを言わせるなっ!!」


その時、タイミングよく授業開始時刻のチャイムが鳴り響いた。

助かった。

予鈴を聞いて内心ホッとするオレ。


「ほら、早く行け!」


「でも、ぶちょ・・・・」


「これは部長命令だっ!!」


キッと睨み上げた途端、鳳はわたわたと慌て出す。

「は、はい」と少しどもりながら駆け下りていく階段。

その足音を聞きながらホッとしていたのもつかの間、

どうすればいいんだという思いに至った。

朝練の時はまだよかった。

何てったって、朝練だし。

あそこにいたのは皆テニス部員だったわけだし。

きっと忍足や宍戸が上手い具合に言いくるめてくれたに違いないから。

でも、今度は教室。

しかもオレの教室だ。

言い逃れはできない。


「・・・・・・どうやって教室戻りゃいいんだよ・・・・・」


思い出すのは先程のクラスメイト達の顔。

奇異の眼差しでオレと鳳を見つめていた。

今戻れば、恐らくクラスメイト達からの執拗な質問攻めを受けるに違いない。


「・・・・・・・おいおいおいおい、勘弁してくれ・・・・・・・・」


生徒会長兼テニス部部長兼クラス委員長を受け持つ、このオレ様が。

跡部家実子、かの跡部家の跡継ぎでもある、このオレ様が。

周囲から高貴の人間と敬われている、このオレ様が。

容姿端麗・文武両道を地で行く、このオレ様が。



今日からホモ扱い。


どんな言い訳したって、オレもホモ扱い。




「・・・・・・・・・・終わったな、オレの学園生活・・・・・・」


オレの平穏な学園生活は。

全てガラガラと、脆く崩れ去っていく音が耳鳴りのように響いて聞こえてきていた。

この時の哀愁漂うオレの背中を、オレのファンが見ていなかったことは救いだ。






後で宍戸から聞いた話だが、

朝練が終わって直ぐにオレの教室へ行くよう、

鳳へと勧めた人物は他でもない向日だったらしい。



・・・・・・・あんの野郎、マジぶっ殺す。













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