『いつもそこにキミがいた』









休日の午後。

よく晴れた昼下がり。

あそこの木陰は涼しいんだと嬉しそうにはにかんで言ったジローに手を引かれるまま、

図書館で読もうと思っていた愛読書を片手に、たまには外で本を読むのもまぁいいかという気分になって

抵抗もせずにジローと一緒に大きな木の下、少し下り気味になっている原っぱに腰を下ろしていた。


「オレはね」


徐に口を開いたのはオレじゃなくてジローだった。


「この場所、お気に入りなの」


ジローはくるりと顔をこちらに向けて、ほにゃほにゃと幸せそうに笑う。


「・・・・・なんだ、寝てたんじゃなかったのか」


原っぱに寝そべるジローを横目で見ながら、オレは「ふぅ」と息を吐く。

ジローが寝るのは、それはもう人が息をするのと同じくらいに普通なことで。

こんなにも風が気持ちよくて木陰にもなっている場所なら、昼寝するには心地いいだろうと思う。


「どーせサボって寝るには都合いいってことだろ、テメーは」


「違うよー!オレだってそんな寝てばっかじゃないCー」


嘘付け。

人生の8割は寝て生きてるだろ、お前。


「ここは確かにそういうつもりで最初は気に入ってたんだけどさー・・・・」


オレが真面目に取り合わないからだろうか、

ジローは少し不貞腐れたように頬を膨らませて遠くを見つめる。


「でも違うんだー。それとは別に、違う意味で気に入ってんの」


「ほぉ?」


別に大した理由でもない筈なのに、やけに引っ張る言い方が気になって、

オレは読んでいた本から目を離して、少し下の方で寝そべっているジローへと目をやった。


「なんでか気になるっしょ?」


ジローは嬉々とした声で訊ねてくる。


「・・・・・・テメーが言いてーんだろ?あーん?」


オレの冷たい返事にもめげず、ジローはまた遠くを見つめて話し続ける。

そうして何かを指差すようにジローが右手を挙げた。


「ほら、あそこ」


「あ?」


「あそこね、あそこを観てるとね」


ジローが一生懸命に指差す方向へとオレも目をシパシパさせて見つめる。


「いつもあとべが走ってくるのが見えたの」


「・・・・・・・・!!」


「きゃっ。言っちゃったー。恥ずかC〜」とジローは顔を両手で隠すようにしてはしゃぐ。

ジローにそこまで言われてオレはようやく思い出した。

そういえば。

テニス部に入部したばっかりはオレもまだ部長ではなかったし、走り込みを大いにやらされた。

外周なんてそんなもの、当たり前だった。

ジローの指差す方向は、紛れもなく先代の先輩方の命によって毎日飽きるほど走らされていたコースだった。

それもどうやら先輩方からの僻みや恨みなども知らずに買ってしまっていたオレは

他の部員よりも多く走らされたこともあった。無理難題を吹っ掛けられることが何度もあった。

辛いと言えば、確かに辛かった。

その度に「オレが部長になってやる」「オレが氷帝を変えてやる」と思ってめげずに頑張ったのだ。

・・・・・・・・・まぁ、勿論。

今となってはもう自分で決めたより厳しいコースを自らすすんで走っているのだが。


「あれ、まだ一年の頃だったよねー」


ジローがオレに微笑みかけてくる。


「・・・・・つーか、ジロー。テメー、こんなトコでサボってやがったのかよ」


「えー。それは内緒ー」とジローは可愛く言う。

中学一年と言えばジローだってテニス部員。

そのジローが部活中に走り込みをするオレをここから見ていたというのはおかしな話だ。

結局のところ、やはりジローはここでサボっていたということになる。

・・・・・・・・ホント、お前絶対8割方強寝て人生を過ごしてるだろ。

よくテニス部に入部する気になったな、その生き方で。


「大事なのはオレがここでサボってたってことじゃなくってぇ」


ジローはごろ寝をしながらオレを見上げる。


「ここからあとべが見れたってことなの。だからお気に入り♪」


「ふふふ♪」と嬉しそうに含み笑いをするジローを半ば呆れ顔で見つめてやった。


「人のこと、ジロジロ見てやがったのかよ。ホント恥ずかしいヤツだな、お前」


ぷいっと顔を逸らしたオレが照れているのを、

ジローは何も言わずにただ目を細めて、それからまた遠くを見つめた。




ジローは知っているだろうか。

オレがどうして他の道を走らなかったのか。

何故あの道ばかりをいつも走っていたのか。

だって、それは。

それは・・・・・・・・・・・




「ねーあとべー」


「・・・・・・・・何だよ」


「オレ達、両思い〜♪」


「・・・・・!!!」


「きゃっ。言っちゃった〜♪はっずかC〜♪」とまたジローは顔を両手で覆ってみせる。

そのジローの態度に、オレは「バーカ」とだけ一言言って頭をコツンと叩いてやった。



嫌いじゃなかった、あの道は。

だって、あの道からはこの場所が見えたから。



知っていた。

ジローがいつもこの場所にいたことは。

だって、オレもいつも見ていたから。

この場所に座って嬉しそうに笑っているジローをいつもあの道から見ていたから。

だから。

だから嫌いじゃなかったんだ、あの道は。

だからあの道をわざと選んで走っていたんだ。




大きく風が吹いた。


「・・・・・・・そろそろ、帰ろうぜ」


「・・・・・そろそろ帰ろっか」


ゆっくりと立ち上がったオレの左手に、そっと伸びてくるジローの右手。

それを少し恥ずかしいと思いつつ享受してやると、ジローは幸せそうな笑顔を見せる。

重なり合う体温が心地いいのは、たぶんこの場所との比ではない。

そんなことをぼんやりと思いながら、オレはただ隣から楽しそうに聞こえてくる鼻歌に頬が緩んだ。









いつもそこにキミがいたから。

だから、今のボクとキミがある。













ブラウザバック





SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送