『ずっと変わらない?』









いのはとても気の強い女の子だった。

それから正義感も強くって、自分というものをしっかり持っている子供。

悪く言えば、それはつまり「ワガママ」ということになるのかもしれないけれど。

確かに僕やシカマルを振り回すことが、多少・・・・・・いや、かなりあった。

それでも、いのの後ろをひょこひょこと付いていくことに幼い僕は抵抗を感じなかった。

それは僕だけじゃなくって、シカマルにも言えることなんだと思う。

端から見れば、お姫様に仕える気の弱い頼りない家来だったかもしれない。

尻に敷かれている情けない姿にしか見えなかったかもしれない。

だからって。

彼女がいつだって僕らをリードしてくれる頼もしいおてんばのお姫様だとは限らなかった。

それは、きっと僕やシカマルにしか見せないいのの部分なのだろう。

いのは、皆が言う「ワガママでどうしようもない女の子」なわけじゃない。

いのは。

僕の知っているいのは。





その日は朝からシトシトと雨が降り続けていた。

水溜りの出来ている道。

そんな雨の中を、傘をさしていのと並んで歩く。

その日は何故だろうか。

いつも三人一緒で行動するはずだった僕ら三人は、珍しいことにシカマルを欠いていた。

どうして僕といのの二人で傘をさしながら雨の中を歩いていたのか覚えていないけれど。

もしかしたら、シカマルが風邪を引いていて、そのお見舞いに向かう途中だったのかもしれない。

とにかく。

僕といのは雨合羽を羽織り長靴を履いて、

ピチャピチャと音をさせながら小さな傘をそれぞれさして歩いていた。

いのの手には花が、僕の手にはチョコレートが。

雨の日ってよくないのかな。

いのがひどく不安を抱えたような瞳で僕を見つめていた。

それだけはしっかりと覚えている。

震えるようないのの視線が、僕は気になって

だけど僕が「どうしたの?」と話しかける前に、いのが先に口を開いた。


「ねぇ、チョウジ」


「なーに?」


傘の柄をくるくると回して、隣を歩くいのは俯く。

地面のアスファルトは雨に浸食されて、濃い鼠色になっている。



「チョウジは・・・・・・・私のこと、キライ?」



咄嗟に「え?」と声を発してしまった。

何を言い出すんだと、そう思った。

雨の音でかき消されてしまうのではないかと思われるほどの小さなか細い声。

驚いて隣のいのの横顔を見つめたけれど、いのは顔を上げない。


「誰かに何か言われたの?」


いのは無言で更に俯く。


「・・・・・・・・・・・今日、男の子と喧嘩した」


重苦しい様子で微かにポツリと言い放ったいの。


「喧嘩・・・・・・・・・・・・」


傘から雨の雫がポタリポタリと落ちていく。

どうして喧嘩にまで発展してしまったのか、その経緯は分からなかったけれど、

いのの性格からして、相手が男だろうと関係なく喧嘩をしてしまったのだろう。


「・・・・・・そしたら相手の男の子に言われちゃった」


静かに響いてくるいのの声に、僕は黙って耳を傾ける。


「“お前なんか皆に嫌われてるんだ、バーカ!”って」


雨の音がひどく大きく聞こえてくる。

いのは、確かに僕ら子供の中でははっきりした物言いだし、

ズバズバと何でも言ってしまうから喧嘩をしやすかった。

だからって、相手のことを思いやらない、そんな女の子なんかじゃない。

いくら気が強いって言っても、いのだって女の子だ。

言われて傷つく言葉だってある。

特にそれがいのの気にしている言葉だとしたら・・・・・・・


いのはゆっくりと僕を見上げてくる。

不安そうな瞳。

今にも泣き出しそうな顔。


僕はいのの不安がなくなるようにと微笑んであげた。

馬鹿だなぁ。

僕やシカマルがいのを嫌いになることなんてあるはずがないのに。

そんなこと、絶対にあるわけがないのに。

だけど凄く心配だったんだろう、その男の子に言われた言葉が。

いのの心の奥に突き刺さったその言葉が。


「ねぇ、いの」


優しく声をかけると、いのの肩が微かに揺れた。


「僕もシカマルも、いののこと大好きだよ」


いのの瞳が一際大きく開かれた。


「キライだなんて、そんなことあるわけないじゃない」


いのの瞳の奥が揺れる。


「・・・・・・・・・・本当?」


不安そうに聞き返してくるいのに、僕は「勿論」と笑って首を縦に振る。


「本当に?嘘なんかじゃない?キライじゃない?」


「大好きだから、こうやって一緒に歩いてるんだよ」


いのの不安を払拭してあげようと、僕は努めて明るく振舞った。

いのを不安にさせた言葉をどうやって消してあげようか。

幼い僕の頭の中は、そのことだけでいっぱいで。


「僕たち、幼馴染でしょ?」


「ね?」とにっこりと笑いかけてあげた。

それでもいのは不安そうな瞳を崩さない。


「それは変わらない?」


いのの瞳が真っ直ぐに僕へと注がれる。


「ずっとそのまま?ずっと一緒?ねぇ、ずっと変わらない?」


僕は「勿論だよ」と大きく頷いて微笑む。

ようやくいのは安心したのか、ホッと安息したような表情を浮かべて前を見据えた。

そうして「ふーっ」と長い息を吐いた。


「・・・・・・・よかった。それならいいわ」


いのがくるくると傘の柄を回し始める。

ピシャリと水溜りを長靴を履いた右足で踏みつけた。

小さな波紋が広がっていく。


「喩え他の誰かに嫌われたって、シカマルとチョウジが味方でいてくれるなら」


いのはペロリと小さく舌を出して「えへへ」と笑った。


いの・・・・・・・・・・・


僕の胸の奥を、何かがきゅんと締め付けるような感じがした。

いのの方はいつも通りの元気を取り戻したのか、

心底嬉しそうな笑顔になって僕より数歩先に躍り出た。

そこでくるりと振り返って、僕へともう一度笑いかける。


「私も・・・・私もずっとチョウジと幼馴染だからねっ!約束よっ!」


その時のいのの眩しい笑顔は、キラキラ輝いていて。

雨雲なんかどこか遠くへ追いやってしまうのではないかと思った。








それから僕らは少しずつ大きくなって。

だけど確かに、彼女は変わらずに幼馴染で。

僕のことをずっと幼馴染として大切にしてくれていて。

それは何があってもずっと変わらなくて。




だけど僕は。

僕の気持ちは。


あの時ずっと変わらないと約束した僕の気持ちは。




幼い頃からずっと変わらない僕らの関係に、悲鳴をあげ始めている。













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