『やっと届いた』









オレじゃ無理だと思ってた。

心のどこかで諦めていた。

だけど。

それでも。

それでも、もしかしたらなんて思ってて。



そういう気持ちって全国大会へ行こうと思った、その夢に似ている気がする。

「全国大会行けるといいよな」と息を吐くオレに。

跡部のヤツは。


「“行けるといいな”じゃなくて“行く”んだよ、バーカ」


そう言ってオレに笑いやがった。

あぁ、そうか。そうだよな。

その時、オレは変に納得してしまって。

それでがむしゃらに頑張った。

とりあえず、頑張るしかないと思った。



その気持ちって。

たぶん似てるんだ。オレのお前に対する気持ちと。



別に無理だとは思ってなかった全国大会出場。

けど、青学に負けて。

何つーか。

悔しさだけが残った。

負けるだなんて思ってもみなかったから。

跡部の率いる、この氷帝テニス部が。

負けるはずなんてねぇって、そう思い込んで疑わなかったから。

だから無性にやるせなさが残った。

なんで駄目なんだ。

何がいけなかったんだ。

思い出すのは血の滲むような努力と練習の日々。

あんなにやったのに。

あれだけ必死に頑張ったのに。

・・・・・でも、足りなかった。だから負けた。

それが結果で。

それで全てが真っ白になった。



届きそうで届かなかったんだ、全国へは。




オレにはもともとテニスしかなかったから。

頑張れば何とかなるって、そう信じ込んでいたから。

でも、現実ってやっぱ厳しいんだと思い知らされたとき。



もしかしたら跡部に対する想いもそうなんじゃないかって気がして。

急に怖くなった。

「諦める」という言葉が頭の中で何度も木霊するようになったんだ。









「テメーは自信が無さ過ぎんだよ」


跡部が渋い顔でオレをなじる。


だって仕方ねーじゃん。

オレにはテニスしかないってのに。

そのテニスさえも失ってしまったんだから。

全国へは届かなかったんだから。

全国大会へ行ければ、もしかしたらオレはお前にも近づけるんじゃないかなんて。

そんな甘い幻想を抱いてたんだから。


「そんなんだから、後輩にも心配されんだ。全く情けねぇな、テメーは」


後輩とは長太郎のことを言っているのだろうか。

・・・・・・悪かったな、情けなくて。

どーせオレはお前には似合わねーよ。

・・・・・・・・・・・・・ちくしょう。


返す言葉も見当たらなくて、オレはただ不貞腐れたように顔を背けた。

それがまた跡部の怒りに油を注ぐ。


「貧乏臭ぇ顔が余計に貧乏臭ぇじゃねーか。あーん?」


お前の家柄に比べりゃ、オレなんか貧乏の家だよ。

悪かったな、貧乏臭ぇ顔してて。

どーせオレじゃつり合わねーよ。


「・・・・・・・・・・ハッ。宍戸のくせに何か言い返してみろつーんだよ」


イライラがピークに達したのか、それともうんともすんとも言わないオレに呆れたのか、

跡部はオレの前で腕組みをしてぞんざいにふんぞり返る。


「・・・・・・・・・・テメーがそんなんだから、オレだって・・・・・・・」


悔しそうに唇を噛み締めて、跡部は綺麗な顔を下に向けてしまった。

オレには何も言えなかった。

オレが跡部に唯一近づけるのは、テニスだけだったから。

そのテニスがもう駄目ならば。

それって、跡部には一生近づけないんだって言われてるような気がして。

オレのこの気持ちは跡部に一生届かないんじゃないのかって思ってしまって。



一生懸命に頑張っていれば上手くいくと思っていたテニス。

どんなに努力したところで駄目だと言われてしまえば、それは返しようの無い事実となる。



お前への想いも。

一生懸命頑張れば届くかもしれないなんて思っていたオレは、なんて浅はかなガキなんだろうか。



何とかならない問題だって、現実世界にはごろごろとあるんだな。

そのことを、青学に負けてオレは学べたような気がするよ。

・・・・・・・・・・・・学びたくなんてなかったんだけどな。


「・・・・・・・・・オレって激ダサだよな」


跡部が失笑する。


「ハッ。何今更なこと言ってやがんだ、宍戸のくせに」


そうだな。

ホント、何今更気付いてんだろうな、オレ。


「でも、これだけは言っておくぜ」


「あ?」


「テメーはテメーだ。誰でもない、テメーは宍戸なんだよ」


跡部の鋭い眼差しがオレを真っ直ぐに見つめる。

その強い瞳に金縛りにあったかのような感覚に陥る。

跡部には不釣合いなオレ。

コイツにとっては、視界にも入ることの無いオレ。


「・・・・・・・まさかたかだか青学に負けたくらいでテニスを辞めるつもりか?」


「・・・・・・は」


ふいに紡がれた跡部の言葉に、オレは目をしばたたかせた。

何を・・・・・・言っているのだろうか。跡部のヤツは。


「お前はこんなとこで諦めんのかって言ってんだよ」


諦めるって・・・・・・・

テニスのことを言っているのだろうか?

それとも。

それとも、跡部への想いのことを言っているのだろうか?


「・・・・・・・わ、かんねぇ・・・・・」


跡部が顔をしかめる。眉をひそめたその顔は「納得いかない」といった感じだ。


「お前からテニスとったら何も残んねーじゃねーか」


「・・・・・・・・・・・そう、だけどよ・・・・・・」


自分でもよく分かっていることを指摘されて、オレは少し「ムッ」とした。

やっぱり跡部もそう思っているのだ。

オレのことを、テニス以外に取り柄の無いつまらないヤツなんだと。


「で、辞めるのか、テメーは。テニスしか無ぇくせに」


喧嘩腰の跡部の横柄な態度に、オレも流石に頭にきた。


「何度も同じこと言うんじゃねーよ!激ムカつくんだ、それはっ!」


「テニスしか無いヤツがテニス辞めてどーすんだよって言ってやってんだろーがっ」


平然とそう言ってのける跡部が憎かった。

跡部にはテニスの才能だって、何だってある。

オレとは違う。跡部は雲の上の存在だから。手の届くことのない存在だから。

・・・・・・・・オレの惨めな気持ちなんか知りもしないくせに。

オレがどんな思いで、テニスを続けていたのか知らないくせに。


「分かんねーのか、テメーは」


「何がだよっ!!」


敵意をむき出しにするオレに向かって、跡部は「これだから馬鹿は・・・・」とか何とかぼやいた。

そうして髪をかき上げて、ふいと視線をオレからずらす。


「・・・・・・・・・・・じゃねーっつってんだよ」


「あぁ!?」



「テニス、辞めんじゃねーっつってんだよ!!」



オレはびっくりした。

怒鳴った跡部の声は、どことなく震えていて。

跡部が何を言いたかったのか、オレに何を伝えたかったのかがようやく理解できた。

つまり跡部は。

オレに「諦めるな」と言っているんだ。そうだろ?


「・・・・・・・・・跡部、お前・・・・・・」


「お前が・・・・・・お前がテニス辞めたら・・・・・・・・・・・どうすりゃいんだよ、オレは」


跡部の逸らされた視線。

その瞳がひどく切なそうに見えて、胸がドキリとした。

その仕草に勘違いしてしまいそうで。

もしかしたらという、確率を考えてしまう単純なオレの脳みそは。

跡部の零す言葉に敏感に反応を示していて。


「跡部・・・・・・・・・・・・・」



「・・・・・・・・・オレとお前の接点は、テニスしかねーだろーが」



搾り出すような切ない声色。

オレの心臓は飛び跳ねた。

綺麗な二つの瞳がゆっくりとオレを映す。

跡部・・・・・・・・

お前の瞳に、オレはどう映っているのだろうか。


跡部も。

跡部も想ってくれていると。

オレの想いは、決してオレだけの片思いじゃないのかもしれないと。

そう、解釈してもいいのだろうか。

オレは馬鹿だから。

跡部に言われた全ての言葉を全部いいように解釈してしまうくらいに馬鹿だから。

可能性があるかもしれないって、そう思ってもいいのだろうか。


跡部。

お前、オレと一緒にテニスをしたいって。

そう、思ってくれてるんだよ、な・・・・・?

それはオレの勘違いじゃないよな?



「・・・・・・・・・つまりはそーゆーことだ。じゃあな」


跡部はくるりとオレに背を向ける。

咄嗟に肩に手をかけていた。

心臓がバクバクとなる。


「待てよ、跡部っ!」


「んだよ。触んじゃねーよ、宍戸のくせにっ」


振り払おうとする跡部の腕を掴んでやった。

跡部はこちらを振り向こうともしない。

しかしそんな跡部に構わずオレは強い口調で言い放った。


「オレは辞めねぇ」


辞めるもんか。

あぁ、辞めるもんか。

オレにはテニスしかないんだ。

跡部と同じ場所に立って、同じものを観ることができるのは。

跡部に近付くことができるのは。

オレは諦めない。

跡部のこともテニスのことも諦めない。


「だから、だから跡部・・・・・・・・・」




オレのテニス人生とこの気持ちを全部くれてやるから。

だから。

なぁ、跡部。

オレ、お前の傍に居てもいいか?




跡部がふいに振り返った。

ふっとかっこいい微笑を見せて。


「・・・・・・・・・・・やっと届いたか」


「お前、ホントに馬鹿じゃねーの?」と跡部が意地の悪い笑みを浮かべる。

腕を組むそのオレ様な姿は相変わらずに。

「出来の悪い部員を持つと苦労するんだよな、部長は」と言う跡部が

少し嬉しそうにしているのはオレの気のせいだろうか。


「もし今度さっきみたいな情けねぇ顔してみろ。そん時ゃ、テメーを一生負け犬と呼んでやる」


減らず口を叩く跡部に、オレも負けじと張り合ってやる。

そうしていつもの本調子に戻ったオレ達は、

傍目からは到底スキンシップには決して見えないだろう会話をする。


「そりゃ、オレの台詞だ。覚悟してろよ、いつか絶対お前のこと負かしてやるからな」


「ハッ。言うじゃねーの?あーん?」


ニヤリと睨みつけてくる跡部の挑戦的なその視線に、クラクラとしてくる。

だからってここで引くオレじゃない。

決めたんだ、もう諦めないと。


「・・・・・・激素直じゃねーな、跡部は」


「あーん?」


「最初から“これからも宍戸と一緒にテニスしたい”って言えばいいのによ」


「ハッ。死んでも言うか、バーカ。つーか、テメーがオレと一緒にテニスしたいんだろーが」


「おうよ」


「 !! 」


跡部が驚いた顔でオレを見つめる。

それから見る見るうちに赤みが差してくる跡部の顔。

予想外だっただろ。オレがこんなこと言うなんて。

オレはしてやったりな顔で先程の跡部のように「ニヤリ」と笑ってやった。


「オレは跡部と違って激素直だからよ」


「〜〜〜〜〜〜〜〜っの!!」


跡部に殴られる前に、オレはケラケラと笑って跡部よりも数歩先に歩き出した。













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