『わたしの王子様』









「シンデレラみたいに、いつかななにも王子様が来る?」


小さな女の子が、母親に手を引かれながら参道を歩いている。

母親は小さな女の子に優しい微笑を向ける。


「そうね。ななちゃんにもいつか王子様が来るわよ」


「パパが王子様だったらいいなー」


小さな女の子の言葉に、母親は苦笑を浮かべ


「あら、それは残念だわ」


「どうして?何がざんねんなの?」


「だって」


母親は首を傾げて見上げる小さな女の子に「クスッ」と笑みを零す。


「パパはママの王子様ですもの」


「パパはママの王子様なの?」


「そうよ」


「じゃあ、ななの王子様にはなってくれないの?」


「そうね。でもきっと素敵な王子様が来てくれるわよ」


小さな女の子は項垂れて、小石を一つ小さく蹴飛ばした。


「パパが王子様だったよかったのに・・・・・・」


母親は傍らで優しい笑みを浮かべて、「パパが待ってるから早く帰りましょう」と

小さな女の子とともに楽しそうに歩いていった。



王子様・・・・・・・・・・・か・・・・・・・・・・・・




カフェテラス越しの参道、そんな母子の光景を眺めていたら


「待たせてごめんな、跡部」


低い落ち着いた声に顔を向ければ、そこには忍足が少し息を切らせて立っている。

そのまま忍足はオレの前の椅子を引いてゆっくりと腰掛けた。

オレは参道から再び読みかけていた本へと視線を落とす。

ちらと見た腕時計は13時10分。

・・・・・・・・・オレ様相手に10分も遅刻しやがって。


「途中ジローに会ってな、長い間まとわりついて来よって大変やってん」


オレは顔も上げずにページをめくる。

目の前に置かれている紅茶からのいい香り。


「・・・・・あれ?跡部怒ってる?ごめんな、何か頼もか。オレ、奢るさかい」


「貧乏人にたかるほど、オレは落ちぶれてねぇ」


オレの言葉に忍足は「ははは」と苦笑する。


「そやかて、跡部の機嫌直したいやんか」


だったら、待たせてるんじゃねぇ。

「遅れる」の一言くらい連絡してこい。


「電話もしたのに全然出ぇへんから、ホンマ焦ったんやで?」


「・・・・・・・・・・・・・電話?」


そこでようやくオレは本から目を離して正面に座る忍足を見つめた。

電話なんて鳴ってたか?

眉をひそめるオレの姿を見て、忍足は「あれ」と顔をしかめる。


「もしかして気付かんかった?」


「・・・・・・・・・・・・気付かなかった」


傍に置いているバッグの中、携帯を取り出して着信履歴を確認すると

それはそれはものすごい量の着信履歴が。

名前は勿論どれも「忍足侑士」。ただ、一つだけ「ジロー」だったけれど。


「・・・・・・あー、悪ぃな」


忍足は苦笑して「えぇよ、えぇよ」と手を振る。


「本読むんに集中しとったんやろ?遅れたオレが悪かってん。跡部が謝ることないわ」


そうしてウエイターを呼んだ忍足は「アイスティー」と注文する。

ウエイターは注文を繰り返すと一礼をして去って行った。


「ほいで」


忍足がオレの読む本を指差す。


「あぁ?」


「何の本読んどるん?」


「言っても分からねーだろ」


一つため息をついてそう言ってやったら「それもそうやね」と忍足は苦笑した。

オレはまた本へと視線を落として。

そうして静かに口を開いた。


「おい、忍足」


「ん?何?」


「お前、シンデレラの本、持ってるか?」


「え?」


忍足は目をしばたかせて、少し首を傾げた。


「シンデレラって・・・・・・何?跡部もラブロマンスに興味持ってくれたん?」


目を輝かせてオレを見つめる忍足に「違う」と一刀両断してやった。


「さっき、そこの参道を歩いてる親子が・・・・・・・・・・・」


シンデレラの話をしていたから。

ふいに思ってしまったのだ。



オレもいつか“誰かの王子様”になるのかと。



忍足も。

忍足もいつか“誰かの王子様”になるのかと。



言葉が途切れてしまったオレを、忍足はじっと見つめて小さく笑った。


「跡部はロマンチストやねぇ」


「・・・・・・・・・・別にそんなんじゃねぇ」


ふいと顔を逸らしてテーブルに置かれている紅茶を見つめた。

ただ、一瞬そう思ってしまった。

オレ達のこの関係は。

いつかどこかで終わりを迎えるのではないかと。

それぞれが。

誰か分からない、女の子の王子様になるのではないかと。



「なぁ、跡部」


「・・・・・・・・・・・あぁ?」


「心配せんでもえぇと思うけどなぁ」


「・・・・・・・何が?」


忍足のひょうひょうと言ってのけるその態度に、オレは少しイラッとした。

オレがどれだけ不安に思っているのか知らないのか、コイツは。

なんだってコイツはオレみたいに不安になったりしないんだ。

これじゃ、まるで・・・・・・・・

これじゃまるで、オレだけがお前のこと・・・・・・・・・・・


ムッとした表情のオレに、忍足は優しい笑顔を見せる。




「オレは跡部の王子様のつもりやけど?」




オレは目を見開いた。

そうして紅茶から目を離して目の前に座る忍足を見つめる。


「・・・・・・・・お前、オレの王子様なのかよ?」


「そや」


短く返事をして、忍足は「何か不服あるんか?」とオレに尋ねてくる。

「こんなにお買い得な王子様はおらんと思うで?」とニヤリと笑って。


「・・・・・・・てめーのどこがお買い得だよ」


なんで。

なんでこんなに嬉しいんだろう・・・・・・・

顔が・・・・・あげられない・・・・・・・・・


悪態をつくオレに、忍足は先程のように「あれ」と首を傾げる。

そうして先程と同じ言葉を、今度はニヤリと笑って言ってのけた。




「オレが王子様やったん、もしかして気付かんかった?」




笑みが毀れた。


なんだ。

心配することじゃなかったんだ。

なんだ。

オレにもちゃんと王子様が来てたんだ。

少し嫌味な笑みを浮かべる。

少し情けない。

かなりうさんくさい。

王子様には見えない、オレだけの王子様が。


オレは少しふんぞり返って、斜めから見るように構えて


「・・・・・・・・・・・バーカ」


と一言だけ言ってやったら、忍足は「そらないわ」と苦笑してみせた。


「じゃーオレはどうすりゃいい?オレはテメーの王子様か?あぁ?」


王子様と王子様なんて。

童話の世界じゃ有り得ない組み合わせだけどな。

忍足は少し考えて「そうやねぇ」と呟く。


「もしくはオレのお姫様やねぇ」


クスクスと上機嫌に笑ってそう言った忍足を。

オレが本の角でこついてやったのは言うまでも無い。








わたしの王子様はどこ?

だなんて

柄にも無いこと考えて



意外に近くにいるってこと

見落としがちだったりするんだよ













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