『切ない』
私が買い物に行ったのも偶然で。
その近道を通ろうと思ったのも偶然で。
だから。
たぶん二人の姿を見かけちゃったのも偶然。
全部、偶然。
だけど。
この気持ちだけは必然の、想い。
見つけなければよかった。
こんな道、通らなければよかった。
そう思ったけど、それはもう後の祭りで。
私の前、桃色の髪の女の子と黒髪の男の子が親しそうに歩いていく。
私は、ただ立ち止まって。
何か遠い世界でも眺めるかのように、二人を見つめていて。
声も出なかった。
いつものように、二人の仲を邪魔することもできなかった。
ただ、スローモーションのように私の前を通り過ぎて行って。
それでも私は買い物かごを落とさずに握り締めていた。
ただただ石のように固まって立っていただけ。
風に運ばれて楽しそうに響いてくる、かの可愛らしい女の子の声は。
その隣をゆっくりとした足取りで歩く、かの男の子の整った横顔は。
それはまるで映画のワンシーンを観ているかのように、
頭の中を通り抜けていく感じに映っていた。目で追っていた。
アカデミーの頃にはなかった、二人のあの雰囲気。
どこでどう違ったのだろう、私とは。
「・・・・・・・・・スリーマンセル・・・・・」
口の中でふと呟いて、私は少しだけ笑ってしまっていた。
遠ざかる二つの後ろ姿。
そこであることに気付く。
隣を歩く桃色の髪の女の子に向かって、柔らかい表情を浮かべる黒髪の男の子。
サスケ君は、サクラにあんな顔を見せるようになったのね・・・・・
「・・・・・・・スリーマンセルのおかげなのかな」
私だけが。
仲間外れ。
そう思ったら、何だか妙に心の中が疼いて唇を噛み締めた。
「おっかしいな・・・・・・アカデミーの頃には、私だってあそこにいたのに・・・・・・」
ねぇ、サクラ?
ねぇ、サスケ君?
だけど呼びかけは決して声に出して言わずに、
私は二人とは反対方向に体を向けてゆっくりと歩き出す。
何だか、本当に私だけが仲間外れみたいね。
「ふふっ」と静かに笑みが毀れた。
落とさなかった買い物かごを両手でしっかりと持って、スキップをしながら土手沿いを歩く。
時折立ち止まって、振り返ったりして。
まだ見える、二人の小さな後ろ姿。
今引き戻したら、私の声は届くのかしら。
風がふわりとそよいでくる。
それは私に向かって、吹き降ろしてくる風。
「・・・・・・・・追い風じゃ声も届かない、か・・・・・」
胸を締め付けてくる何か。
あぁ、これってどう表現をすればいいのかな・・・・・
もし、二人が振り返ってくれたら。
手を振って駆け寄ってみよう。そうして二人の間に割って入ろう。
そんなことをちらと考えてみたけれど、二人が振り返ることなんてなかった。
「ほら、やっぱり。私だけが仲間外れ・・・・・・・」
自嘲的な笑みを浮かべて、誰に言うでもなく小さく呟いて、息を吐いた。
胸が疼く。ズキズキと。
首を左右に振ってもう一度真正面を向き、今度こそ、と力強く歩き出してみた。
買い物かごを持って土手沿いをパタパタと小走りしていると、
あぁ、見慣れた後ろ姿。
土手にごろんと寝転がって、ぼけっと空を眺めている。
シカマルだ。
私は声をかけずに、寝転がる少年に近寄る。
そうしてその横に勢いよくごろんと彼と同じように寝転がってみた。
「・・・・・・!!」
驚いた少年ががばっと上半身を起こして、私の顔をまじまじと見つめる。
「今日の空の調子はど〜お?」
少しだけ顔を向けて「ニッ」と笑ってみたら、シカマルは頭を掻く。
「・・・・・・別に。いつもと一緒」
「ふ〜ん」
シカマルから目を離して空を見上げる。
寝転がって見る空は、普通に見る空とは全然違う。そう、別世界。
空が高く感じるって言い方はちょっと変だけど、でもそういう感じ。
手を伸ばしたくなった私は、買い物かごを横に置いて両手を空へと伸ばした。
「・・・・・・お前、買い物途中じゃねーのかよ」
シカマルがついと目を私の買い物かごへと移す。
私は「そーねー」と曖昧な相槌を打つだけ。
うーんと頑張って両手を伸ばしてみるものの、空に浮かぶ雲に届くわけもない。
そんなの当たり前かと思い直して、少しだけ笑って手を伸ばすのをやめた。
ねぇ、シカマル。
私ね。
別に10班が嫌なわけじゃないの。
チョウジも、シカマルも。勿論アスマだって。
皆が居てくれたから。皆が居てくれるから。
だから私は10班でやってこれた。
楽しい思い出ばっかりよ。
10班は最高よ。
10班は大好きよ。
なのに。
それなのに。
どうしてこんなにも胸が苦しくなるのかな。
またごろりと寝転がったシカマルに、何とはなしに声をかけた。
「ねー、シカマル」
「んだよ」
「さっきねー。サスケ君とデコりんを見かけたわー」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・そーかよ」
「すっごく楽しそうだったわー」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・そーかよ」
「サスケ君もよく笑うようになったわよねー」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・そーかよ」
気の無いシカマルの返事。
でも知ってる。
シカマルがちゃんと話を聞いてくれていることは。
「あれって、きっとデコりんのおかげなのよねー」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
シカマルは黙ってしまった。
別に黙ることなんてないのに。
「そーかよ」って相槌を打ってくれたらよかったのに。
シカマルにだんまりを決め込まれてしまったら。
認めざるを得なくなるじゃない。
サスケ君と。
その隣に居たサクラのことを。
「・・・・・・・・・・・・・・いの?」
シカマルから心配そうな声がかかった。
私は両手を顔の前でクロスさせて目を隠す。
真っ暗な世界。
空も。陽の光も。隣にいるはずのシカマルも。
何も見えない、何もいない世界。
浮かんでくるのは、黒髪の少年と桃色の少女の後ろ姿。
私から遠ざかっていく、その後ろ姿。
おかしいね。
アカデミーの頃には、その直ぐ傍に私も居たのに。
どうしてだろうね。
今はもうその中に入れなくなってしまったなんて。
違うの。
10班が嫌だと思ってるわけじゃないの。
10班になったことを後悔しているわけじゃないの。
ただ。
ただ、どうしようもなく。
胸が痛い。ズキズキと。
軋んで、悲鳴をあげている。
「・・・・・・・・ねぇ、シカマル」
「・・・・・・・・・・・何だよ」
私はゆっくりと笑う。
ただ、顔を隠す両手はそのままに。
「・・・・・・・切ないって、こういうことなのかなぁ?」
誰かに対して怒っているわけじゃない。
怒りとは違う感情。
胸を締め付けてくる、この想いは。
搾り出すような私の声に、私の問いかけに、
けれど、シカマルは答えてくれなかった。
その代わりにふらっと立ち上がった様子のシカマルは、
私の傍に置かれている買い物かごを持ち上げて私の頭を「こつん」と軽くこついた。
顔の前でクロスしていた両手をゆっくりと外すと、
「買い物途中、なんだろ?」
私は黙って頷いて、シカマルの手に掴まりながら体を起こした。
そうして買い物かごを持ってくれているシカマルの少し後ろを、
やっぱりスキップするような足取りでひょっこひょっことついていった。
この胸を焦がすような痺れるような想いは。
この切なさは。
アナタに恋をしたその瞬間から。
それは始まっていた、必然の想い。
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