『しあわせになぁれ』









跡部がね、すっごく嬉しそうに笑うの。

だぶんね、それってね、本人は全然気付いてないの。

でも、オレには手に取るように分かっちゃうんだ。

だって仕方ないよね。

オレはずーっと跡部の傍に居て、ずーっと跡部を見てきたんだもの。

一番近くて、一番遠い存在。

それが。

たぶん、オレなんだろうな。






テニスコートにすらりと立つ跡部は、気品だとか綺麗だとかかっこいいとか、

そういう簡単な言葉では表現しきれないくらいにマジマジ凄いんだ。

ゾクゾクさせられちゃう感じ。

それは跡部がテニスを「これ以上のものはない」って考えてるから。

打ち込むとか、のめり込むとか、それ以上な気迫。気持ち。

跡部がテニスコートに立つだけで、オレはワクワクしてくる。

どんな球を打つんだろうとか。

どのくらいの時間で相手を負かしちゃうんだろうとか。

今度オレの試合相手になってくれないかなとか。

もういろいろ。

ホントいろいろ考えちゃうんだ。



跡部が目の前のコートに立つ人間をあの鋭い眼差しで射抜く。

跡部愛用のテニスラケットを構えて。

審判の合図とともに、黄色いボールは宙を舞う。

跡部がラケットを「ぐんっ」と風を切るようにして振り落とした。

相手は一瞬出遅れた。

跡部はその一瞬の隙を見逃さない。

ガットは正確にボールを捉えていて。

凄まじいスピードでボールは相手コートへと唸るような音を立てて衝突する。

息を呑むほどに。

跡部のサーブは見事に決まった。





練習試合といえども、跡部は手を抜かない。

テニスに対して、そして相手のテニスプレイヤーに対して敬意を表しているからだそうな。

敬意って、オレはよく分かんないけど、

手加減をするってことが相手に対してのしつれーになっちゃうんだって。

それならよく分かる。

オレだってそう。

どんな相手にだって全力全身で向かっていくよ。


だから。

だから、跡部にも全力全身で向かったんだ、オレ。








「あとべ!あとべ!!1セットも落とさずに勝ったね!!」


練習試合を終えてベンチに戻ってくる跡部に、オレは一目散に駆け寄って抱きついた。


「チョー凄い!!やっぱあとべは凄いよーっ!!」


「・・・・分かったから、離れろ。ジロー」


鬱陶しそうな跡部の声が頭上から降ってきた。

抱きつきながら興奮して喋るオレとは正反対に、跡部は涼しい顔をしている。


「余裕っぽかったC!あとべ、すげー!」


「分かった。わかーった」


跡部の嫌そうな顔。

でも。

それは本気じゃないんだってこと、オレは知っている。

オレを落ち着かせようと、跡部はオレの頭をぽんぽんと軽く叩く。

見上げれば、嬉しそうな笑みを浮かべる跡部の顔。

ほんわかした気持ちになって、オレはもっとって思っちゃって更に跡部に抱きつく。


「オレ、あとべ好きー。テニスうまいんだもーん」


跡部が苦笑した。

跡部の首にしがみ付きながら猫のように擦り寄るオレに、跡部は「バーカ」と笑うだけ。


「聞き飽きたぜ、その台詞は」


「だって、ホントのことだC!」


跡部がテニス上手だということも。

跡部を好きだということも。

どっちも本当のことなんだ。


「ね!ね!今度はオレと練習試合しよーよ、あとべ!」


「あーん?お前とか?」


「うん!」


こくこくと力いっぱいに頷いてみせたら、跡部はまた苦笑した。


「ったく。仕方ねーな、ジローは。いいぜ、相手になってやるよ」


「やった!!」


跡部からの快諾で、一層オレの喜びは増した。

もう一度ぎゅーって抱きつこうとしたら、ふっと誰かがオレの首根っこを捕らえた。


「はいはい。もうその辺にしたってやー」


聞き慣れないイントネーション。

振り向くまでもない。

これは、忍足だ。

跡部からオレを引き剥がすようにして、忍足は跡部に近付いてタオルを渡す。


「お疲れさん、跡部」


「・・・・おう」


忍足は落ち着いた低めの声で話しかけながら、跡部に微笑みかける。

跡部は渡されたタオルで顔を拭うと、「んっ」と短く言って忍足に押し返した。


「1セットも落とさんのは流石部長やねぇ」


にこやかに笑う忍足に向かって、

「あったりめーだ。バーカ」と、跡部はいつものように悪態をついていて。

それはもう当たり前のような風景なんだけれど。

でも、昔とは違う。

跡部がね、ふっとすっごく優しい顔になるの。

忍足に褒められて、凄く嬉しそうな顔をするの。

悔しい。

オレだって跡部のこと、褒めてるんだよ?

これでもかって位に言ってるんだよ?

だけど。

忍足に向ける笑顔は、オレに向ける笑顔とは違うんだ。

「何が違うんだ?」と言われると説明しにくいんだけど。

でも、違う。

微妙な、それでいて決定的な、何か。








練習試合も一通り終わってレギュラー専用のロッカールームで身支度を整える。


「おい、ジロー。鍵閉めるぞ」


部長の跡部は部室の鍵を閉めることも責務の一つだ。

オレは時折かっくんかっくんと頭をさせて眠気と戦いながら着替えをしていたから、

どうやら最後の一人になってしまっていたみたいだった。


「あっれー?マジマジ?皆もう着替えちゃったのー?」


見渡してみたものの、入り口に跡部が立っているだけで他にはオレ以外誰もいない。

おっかしいなー。さっきまでガヤガヤしてたと思ったのになー。


「お前は寝ながら着替えてたからな」


跡部の苦笑の混じった声がかかってくる。

もたつく手でシャツのボタンを止めながら、跡部へと視線を投げる。

目に映るは跡部の整った横顔。

腕を組んで壁に寄り掛かるように立っている。

綺麗な顔。

綺麗な声。

綺麗な跡部。

一番傍に居たのはオレなのに。

オレだったはずなのに。


「ねー。あとべ」


自然と声をかけいていた。


「あーん?何だよ?」


「あとべは・・・・・・」


オレはまっすぐに跡部を見つめて。



「あとべはしあわせ?」



「・・・・・・は?」


唐突なオレの質問に、跡部は間の抜けたような声を発した。

オレはもう一度跡部に問いかける。


「今、あとべはしあわせ?」


話題としては全くもって突然なものだった。

どうしても気になってしまって、つい口をついて出ていたんだ。

支離滅裂の会話なんて、オレはよくあるから、跡部も気にした様子はない。


「全国優勝できたら最高なんじゃねーの?」


「ニヤリ」と嫌味な笑みを浮かべて、跡部はただそうとだけ言った。

脈絡のないオレとの会話は、跡部を悩ませる原因に他ならない。

それでも跡部はちゃんと答えてくれる。

その答えはオレがホントに欲しいと思っていたモノだったり、そうじゃなかったり。

それは場合によってマチマチだけれど。

オレからの質問に対する先程の跡部の回答。

オレはボタンを閉め終わって、ネクタイへと手を伸ばす。


「あとべってしあわせものだよねー」


「はぁ?んだよ、それは・・・・・」


眉をひそめて跡部が呆れたような声を出す。


「いいなー。しあわせ」


小さく呟いたオレに「あのな・・・・」と跡部が声をかけてこようとした、その時。


「あれ?まだおったんかいな、ジロー」


ほーら、また来た。

跡部のしあわせの理由。

跡部をしあわせにさせちゃうモト。

見なくたって分かる、変わったイントネーションで話す相手。

跡部の後ろからひょっこりと顔を出して、忍足がオレを見る。


「コイツ、寝ながら着替えてやがったからな」


「しょーがねー部員だよ、全く」と少し笑って悪態をつく跡部。

分かってる、その悪態が本当の嫌味なんかじゃないってことは。

だけど。


「鍵置いといていいよー。オレ、閉めて監督んトコ返してくるCー」


なかなか気の利いた言葉だと、自分自身で思って笑ってしまった。


「けど・・・・・・」


跡部が言い返そうとするのを、忍足が「そやそや」と頷く。


「あとべも早く帰りたいっしょ?」


しあわせのトコロへ。

跡部はちらと忍足を見上げてから、「・・・・じゃあ、今日は頼むぞ」と言ってきた。


「うん」


お行儀よく頷いてからにっこりと笑顔をみせてあげた。

跡部はそれでもまだ何か気に食わなかったのかもしれないけど、

「じゃあまた明日な」とロッカールームの鍵穴に鍵を差し込んで部室を去っていった。

跡部のしあわせの理由と共に。


「ガシャン」と閉めたロッカーの扉。

その音は、オレだけが残る部室に虚しく響いた。


「・・・・・・・・・はぁ・・・・・」


ため息が、零れた。


「忍足があとべのしあわせの理由・・・・・かぁ・・・・・・」


「コツン」とロッカーにおでこをぶつけて静かに呟いてみた。

忍足と一緒に居る跡部は、オーラがとっても優しくなる。

オレと一緒に居る跡部も優しいけれど、それとはやっぱり違う何か。

いいなぁ、しあわせって。

あんなにも優しい顔ができるんだもん。


「オレもしあわせになりたいなぁ・・・・・・・・」


どうしたらなれるのかなぁ、しあわせに。

自問自答してみたものの、そんな簡単に答えが返ってくるはずも無くて

オレはただただため息を吐いて、部室をきっちり閉めて外へ出たんだ。






しあわせになぁれ。

しあわせになぁれ。

呪文のように繰り返すことで、しあわせになれるのだとすれば。



声が枯れても。

涙が出ても。


何度だってボクは叫ぶよ。




しあわせになぁれ。













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