握り締めた手


伝わる体温





その瞬間だけ


キミはボクだけのモノ













『握り締めた手』









ちょっと目を放した隙。

それは些細なきっかけだった。

いつも通り、昼頃を過ぎて山のふもとで遊んでいた僕達三人。


「もう少し向こうまで行ってみない?」


そう進言してきたのは、いつもの如くあの子で。

シカマルはいつもの如く渋い顔を見せた。


「やめとけよ。道に迷うぞ」


「平気よー!私、そこまで子供じゃないもんっ」


「そーゆー問題じゃねーだろ。めんどくせーなー」


シカマルの言葉に、心底ムッとするいの。


「何よ。男のくせに意気地がないわねっ」


いのがシカマルの言うことなんて聞くわけが無かった。

「やめとけ」と再三注意を促すシカマルを気にも留めず、

いのはさっさと緑を掻き分けて山の奥へと進んで行く。

僕はどうしようかとシカマルといのを交互に見つめて、

けれど結局、僕はいのの後を追った。


「いのを連れて来いよっ!」


シカマルの声を背に受けながら。

踏み入れたことの無い深い緑の茂った山。

いのの小さな後ろ姿を見つけて、僕は直ぐに声をかける。


「いの!待ってよ!」


聞こえているのかいないのか、それでもいのは進める足を止めようとはしない。


「待ってってば!」


慌てて駆け寄ってようやくいのの手を掴めたその頃には、もう随分と奥まで歩いてきてしまっていた。


「何よー。シカマルは来なかったわけぇ?」


僕の後ろをちらっと見て、僕に腕を掴まれたままのいのは不平を漏らす。

そんないのの態度を見て僕は苦笑してしまった。

彼女の後を僕達が追いかけてくると、さも当然のように思っているらしい、この女の子は。

・・・・・・・まぁ、実際そうなんだけれど。


「もう、危ないよ。シカマルのトコロへ戻ろう?」


いのが僕を見上げる。そうして少し考えてから「仕方ないわね」と呟く。

よかった。

これで帰れる。

そうホッとしたのも束の間だった。

小さな子供がこんな獣道を歩いて平気なわけが無かった。

結果、当然の如く道に迷ったんだ。

どこを歩いていたのかも分からなくて、僕は冷や汗どころじゃなかった。

どうしよう。

どっちから来たっけ?

辺りを見渡してみても、景色は全部緑色で。

大きい木々のおかげで、陽の光も疎らにしかあたっていない。

ざわざわと風で木の枝がしなる。

それさえも、今の僕には恐怖を連想させるものでしかなかった。

どうしよう。

でも、しっかりしなくちゃ。

いのは女の子だもの。

僕がしっかりしなくちゃ。でも・・・・・

知らない野山を歩く恐怖は拭いきれない。

僕も所詮は子供でしかない。怖いものはやっぱり怖かったんだ。

ちょっと突付かれたら泣いてしまえそうだった。


「ねぇ、チョウジ」


後方を歩いてくるいのが僕に声をかけて歩み寄る。


「もしかして、道に迷っちゃったの?」


いのの青い瞳が僕をじっと見つめる。

僕の瞳は不安を隠しきれない。唇が震える。


「分からない、けど・・・・・・」


でも、大丈夫だと、気休めかもしれないけれどそう付け加えようとしたら。



先にいのが笑って言ってくれたんだ。

「大丈夫よ」と。



「チョウジったら怖いんでしょう?」


僕は言葉に詰まってしまった。

クスクスと笑みを零すいのの顔には恐怖のきょの字も見当たらない。

僕は男の子にも関わらず怖がって泣きそうだというのに、いのは全然ちっともそうじゃない。

いのって本当にしっかりした女の子だなぁと、そう思ってつくづく感心させられた。

それに比べて、僕はなんて情けないんだろうか。

連れ戻すために後を追いかけたというのに・・・・・・


「ねぇ、チョウジ」


「な、何?」


いのが優しい笑顔を向けて、ゆっくりと手を差し出してきた。


「手を繋いだら、きっと怖くないよ?」


いのの言葉に、僕はそうかもしれないと、そう思い込むことができた。

小さく頷いて差し伸べられた手をとり、ぎゅっと握り締める。

温かいいのの体温が伝わってきて、自然と安心感が湧いてきた。







それからずっといのと手を繋いだまま。

自分達が来たのではないだろうかと思える道をひたすら歩いた。

その都度、「大丈夫」といのが繰り返し繰り返し呟きながら。

泣き出しそうになる僕をなだめてくれていて。それでも、いのは決して泣きはしなかった。


「・・・・・・・いのって、凄いね」


「・・・・・・アンタが弱虫なだけでしょ?」


いのの悪態も、何だか心地よかった。

いのはなんて強い女の子なんだろうと、その背中を見つめながらぼんやりと思って。

いつのまにやら日差しが弱まっている。陽もだいぶ傾きかけていた。

真っ暗闇になったら、それこそ大丈夫ではないと思う自分と。

いのが居てくれる。だから大丈夫なんだと思う自分。

本当に、僕にとってはいのは頼れるお姫様だった。

でも、それは本当の彼女じゃなかったんだ。








複数の大人の声が聞こえてきて、立ち止まって僕達は大声で叫んだ。

数分も経たないうちに、僕達のところへそれぞれの家族が姿を見せる。

戻りが遅い僕達を心配して、シカマルが機転を利かせてくれていたのだ。

いののおじさんが目の前までやって来た瞬間。

繋いでいた手を離れて。

いのがおじさんに飛びついて泣き出した。

僕も母親に「無事でよかった」と抱きしめられながら。

ただ、すごく驚いていのを見つめていた。

あぁ、やっぱりいのも怖かったんだね。

なのに、僕のために我慢していたんだね。


わんわんと泣きながら、何度も「怖かった」と言っておじさんにすがりつくいの。

いののおじさんはいのの頭を優しく撫でて「心配してたんだよ」と声をかけていて。

だけど僕はいののおじさんに伝えてあげたんだ。

「いのは泣かなかったんだよ」って。

「森の中で、僕をずっと励ましてくれてたんだよ」って。


「だから、怒らないであげて?」


そう懇願したように言うと、いののおじさんは少し驚いたような顔をしてから

ふっと優しい目で僕を見つめて「勿論。怒らないさ」と静かに頷いてくれた。

だけど。

本当はね。

あの森で手を繋いだ瞬間に分かっていたんだ。


いのも怖がっているってことを。

泣き出しそうなのをずっと必死に耐えているということを。


だってね。

握り締めた手が、微かに震えていたんだもの。


だから。

だから、僕は凄いなって言ったんだ。

強い女の子だなって思ったんだ。


きっとこの事実は僕と彼女以外誰も知らないし、言うつもりもない。

本当の彼女。

僕だけが知っていれば、それでいい。













柔らかく握り締めた。


伝わる体温と。


震えるキミの手。





それはボクとキミだけの秘密。













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